第六十九話 蒼の巨人

 瞳の色は赤、髪の色は黒、見た目の年齢は7歳ほど。

 空中に浮かび、薄ら笑いは浮かべているものの冷ややかな瞳で彼女はシグマを見下ろす。


『僕の分身体を自分が制御できる年齢レベルで召喚するとはやるじゃないか。しかも意識は一時的に本体からこの分身体に移し替えるなんてね。ついに『自己封印ミックスハイド』の術師でこのレベルの人間が現れたか』


 余裕の面持ちのアルゼスブブ。一方でシグマは雷の鎧を体に纏っていた。


「“雷装・閃電せんでん”。この形態の俺は雷より速いよ」

『毛を逆立てて威嚇する子猫ちゃんのようだ。よしよししてあげるからおいで』


 シグマとアルゼスブブの姿がユウキの視界から消える。否、視界には存在するがあまりに動きが速く残像すら追えない。

 耳に届く打撃音、雷が空間を裂く音。音の間隔はドンドン短くなり、音量は大きくなっていく。そして、気づいた時には雷の鎧を半分以上引っぺがされたシグマがぶっ飛び、壁にめり込んでいた。


「つっ――!!?」


 アルゼスブブが欠伸をしながらユウキの目の前に着地する。


『もう終わりかい戦闘狂(笑)かっこわらい君。眠気覚ましにもならないな』

「舐めるなよ……!」


 シグマの雷の色が、黄色から紫色に変わる。


「“雷装・紫電しでん”!!」


 シグマの雷の波動が大きくなる。自らの肌をその雷で焼くほどに。


『なんだ。まだ本気じゃなかったんだ』


 さらにボルテージを上げ、アルゼスブブに迫るシグマ。

 アルゼスブブはシグマの攻撃を受け流し、反撃する。繰り広げられる肉弾戦、アルゼスブブの優勢ではあるが、決め手に欠ける印象だ。


(多分、アルゼスブブは本来の能力の100分の1以下しか出せていない。いくらアルゼスブブでもこの能力値じゃ、あの相手では決めきれない……)


 一度覚醒した才能は止まらない。

 ユウキは更なる境地へ手を伸ばす。


「……必要なのはイメージ……私の体内に眠るアルゼスブブ、更にその奥の魔神……そこに繋がる全ての門をアルゼスブブの術式を借りて突破し、必要な魔神の情報だけを掬い取りコピーする……! 細部情報の不足、主従関係不成立による使役不可、術式回路酷使による肉体への反動を警戒して、アルゼスブブを媒体に召喚魔法を発動する……!」


 最初に異変を感じたのはアルゼスブブ。

 アルゼスブブの体から黒い煙が漏れる。


「!?」

『なんて子だ』


 黒い煙は炎の人間となり、シグマの拳を掴み止めた。


「…………第20番“炎の巨人レーシュ”」


 記憶にあるダンザとアルゼスブブの戦い、その初手としてアルゼスブブが召喚した炎の巨人。シンプルな能力且つ、強力な魔神ゆえにユウキはこの魔神をチョイスした。


 しかし今回呼び出した炎の巨人レーシュは巨人と呼べるほどのサイズではない。身長はたったの2メートルしかない。


 しかしその火力は凶悪。掴んだシグマの拳の鎧、雷の鎧を焼き、そのままシグマの素手を燃やしにかかる。シグマはすぐさま雷の如き速度で後ろへ飛び跳ね、距離を取る。


 アルゼスブブは炎の巨人レーシュと共にユウキの前に降り立つ。


『分身体の僕に召喚魔法を使わせるとはね。召喚獣に召喚獣を呼ばせる術――“二重召喚デュアルサモン”と呼ばれる神業だよ? それ』

「はぁ……ぜぇ……はぁ……はぁ……!!」


 ユウキは疲労から膝を崩す。

 アルゼスブブを召喚するという荒業に“二重召喚デュアルサモン”という神業の併用。高い集中力を要求され、体力と魔力は栓を抜かれたように放出していく。


 すでに、ユウキに残された時間は少ない。後一手が限界。



「麒麟」



 シグマは雷の鎧を解き、己が全魔力を雷獣の顕現に費やした。

 麒麟――その大きさこそ最初に撃った時と同じだが、その身に宿る魔力の量は桁違いである。

 ユウキは炎の巨人レーシュを前面に出す。シグマは麒麟を前に出す。最後の衝突が始まる。


「いっけぇ!!!」

「幕切れだ。終わらせろ麒麟!!」


 炎の巨人レーシュと雷の獣・麒麟が衝突する。

 威力は互角。だが、持久力は麒麟の方がある。

 あと10秒衝突が長引けばユウキの体力が切れ、炎の巨人レーシュは消える。ユウキの敗北だ。


 その結果を見越したのかはわからない。


 は、全身全霊の蒼い炎を放った。


「ノイシェ……!」

「気張りなさい!! ここが正念場よ!!!」


 放たれた蒼い炎はノイシェとユウキの予期せぬ動きを見せた。


「「「!!?」」」


 麒麟に向かって放たれた蒼い炎は炎の巨人レーシュに吸い込まれたのだ。




『グオオオオオオオオオオオオッッ!!!』




 炎の巨人レーシュが雄たけびを上げ、変貌する。

 唯一、今起きた現象を理解したアルゼスブブはニヤリと笑う。


炎の巨人レーシュは炎を吸収し、力に変える性質を持っている。蒼の炎は密度の高い上質な炎。アイツにとっては最高の餌だ』


 炎の巨人レーシュの色が赤から蒼に変色し、その火力を上昇させる。

 蒼の巨人は雷の獣を喰らい、破砕し、突き抜けていく。


「そんな……麒麟が、押し負け――!?」

『燃殺せよ』


 勝敗は決した。

 麒麟は炎の巨人レーシュに破壊され、炎の巨人レーシュはそのままシグマを討たんと突進する。


「うおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 シグマは蒼の炎を全身にくらう。麒麟のおかげで威力は減っていたものの、彼の全身を焼き、気絶させるには十分な威力を持っていた。


 シグマが気を失うと同時に、炎の巨人レーシュもアルゼスブブも消える。


「勝った……のですか」

「勝った……わね」


 残った少女2人は獣のように叫び声をあげ、互いの体温を確かめるように抱き締め合った。




 ――――――――――

【あとがき】

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