第六十話 フリード

 ヨスガ堂長は敗北を認めると指を鳴らし、『収納空間アイテムボックス』から俺を解放した。

 元の部屋、騎士団本部の最上階にて再び堂長と向き合う。


「おぬし、気づいておったじゃろう? 『収納空間アイテムボックス』から脱出する方法を……」

「はい。このタグですよね?」

 

 俺は右腕に巻かれた囚人用のタグを見せる。


「このタグを付けた対象に指の音を聞かせる、って感じですよね」

「うむ、その通りじゃ。生物が対象の場合、呪符を込めたリボンを巻き付け指の音を聞かせることで異空間に連れ込める。そのタグの裏にはマークが描いておる。それが呪符じゃ」


 タグの裏を見てみる。ホントだ、魔法陣みたいなのが描いてある。


「リボンを破れば脱出できたというわけじゃ。しかしおぬしはそうしなかった。なぜじゃ?」

「カムラ聖堂院の長と戦う機会なんて巡り合えるものじゃない。さっきも言いましたが、もったいないと感じたのです」

「ぬはっ! 良い根性じゃ」


 堂長は椅子に座る。俺は床に正座する。


「久しぶりに良い運動ができた。感謝するぞダンザ」

「こっちも良い経験ができました。それで、色々と聞きたいことがあるのですか……」

「まずはそうじゃな。ワシがおぬしについてなぜ詳しく知っておるか教えてやろうか」

「はい」


 堂長は人差し指の先に妖精に似た青白い光を出す。


「ワシはな、神竜を常に監視している。エルフの妖精魔法に似た魔法を使ってな」

「神竜を?」

「うむ。おぬしが神竜に呑まれる瞬間も、中で過ごしていた時も、尾から脱出した瞬間も見ていた。その先のことは詳しく知らんが、ある程度は調査に行かせた部下から聞いておる」


 それで俺が神竜から生まれたリザードマンだと知っていたのか。


「見ればわかる、というのは嘘だったわけじゃ。ではなぜワシが神竜を監視していたか、そこも気になるじゃろう?」

「はい」


 神竜は基本的に害はない。

 ずっと優雅に空の上を飛んでいるだけだ。監視する価値はないはず。


「神竜ヨルムンガンド……奴はワシの盟友なんじゃ」

「神竜が盟友? 堂長は竜語でも喋れるんですか?」


 この人の場合、竜と会話できてもおかしくない。


「話せるわけが無かろう。の奴の言葉は1つもわからん」


 竜になってから?


「そうか、おぬしは知らんか。神竜は元々亜人種じゃった。それは可愛い可愛い女子おなごじゃったぞ」

「あのデカブツが!?」

「うむ。神人フリード……そう呼ばれる種族じゃった。神人フリードは2000年前、本来交わるはずのない古代ハイエルフと竜の間に生まれた。数はたったの5人であり、生殖機能を持たない存在ゆえそれより増えることはなかった」

「その5人の内の1人が神竜ってことですか」

「うむ。神竜になる以前はリゼラと言った。かく言うワシも神人フリードの1人じゃ」

「なるほど」


 なんとなく話の流れ的にそんな気はしていた。


「ちなみにアルゼスブブも神人フリードである」

「え!?」


 それは驚いた。

 ということは堂長とアルゼスブブ、そして神竜は古い仲なのか。


神人フリードには4つの特殊能力がある。1つ目は不老、2つ目はユニークスキル、3つ目は人並み外れた高いステータス、そして4つ目が――自らを竜にする竜化という能力じゃ。リゼラは竜化し、神竜となった」

「なんでそんなこと……」


 堂長はジッと俺を見つめ、薄く笑った。


「さぁって、なんでじゃろうな」

「?」

「とにかく、リゼラの盟友であったワシは、リゼラの体質を持って外へと出てきたおぬしにひどく興味を持った。此度の戦いはその興味の延長線上と思ってくれていい。そしておぬしと同様に、神人フリードの力を宿すユウキ=ラスベルシアにも興味がある」

「ユウキのこともやっぱ知ってるんですね」

「当然じゃ。おぬしとユウキはワシの期待の星じゃよ」


 そこで唐突に堂長は険しい顔をする。


「しかし、おぬしがユウキの守護騎士になった点は些か不満じゃな」

「理由はなんですか」

「おぬしの存在はユウキの成長を妨げる」


 グサ。と心に矢が刺さる。

 守護騎士は教育係の面を持つ。主を守り、育てるのが守護騎士の使命だ。そこをバッサリ否定されると傷つく。


「お、俺……なんかユウキの邪魔しましたっけ?」

「今まではおぬしの存在はユウキのためになってきた。しかし、これから先もユウキをおぬしが守り続けるのはまずい。あやつの成長の機を逃すことになる」

「それは……俺が過保護過ぎるってことですか」

「その通りじゃ」

「失礼ですが、その辺りは弁えているつもりです。ユウキに過度な干渉をすることはありません」


 堂長は「ふむ」と顎を撫で、


「たとえばじゃ。ユウキの目の前に強敵が現れたとする、ユウキの勝率は80%ほど、勝利することができればユウキのレベルは遥かにアップする。おぬしが助けられる位置にいた場合、どうする?」

「もちろん、見守ります」

「もし、20%の確率で……ユウキが死ぬとすれば?」

「!? それは――助けます。助けなくちゃダメでしょう。ユウキは俺にとって大切な人です。それに彼女の中にはアルゼスブブがいる。彼女が命を落とせばアルゼスブブが解放され、世界が闇に満ちる。彼女に死の危険があれば絶対に助けなければなりません」


 堂長は呆れた顔で「やれやれ」と呟く。


「それがダメなのじゃ。あやつの真価を発揮するためにはある程度死線を乗り越えてもらわなければな」

「……ユウキを危険な目に遭わせるのは反対です」

「いざという時、己を守れるのは己だけ。おぬしの過保護が巡り巡ってあやつの死を招くかもしれんぞ?」


 堂長の言いたいことはもちろん理解している。俺が常にユウキの傍に居られるわけじゃない。ユウキもユウキで、自分を守れる力をつける必要がある。

 それでも……さっきの堂長の言うような状況になったら、俺は助けに行ってしまうだろう。心情的にも、理屈的にも、ユウキにピンチを味わわせるのには反対だ。

 ユウキは安全に、丁寧に経験を積むべきだ。博打のようなルートを通って成長させる必要はない。


「ま、ここから先はユウキの努力次第じゃな。あやつがこれまで、おぬしの信頼を得るほどの力を見せていないことが問題じゃ」

「別に信頼していないわけじゃ……」

「とにかく頼むぞ。ワシはおぬしとユウキには期待しておるんじゃ。できるだけ成長してくれ。来たるべき――」


 ドタドタと、足音が近づいてくる。


「失礼します!」


 勢いよく扉が開かれ、中に騎士が入ってきた。


「なんじゃ?」

「一年パラディンクラスの迷宮演習にて異常発生!! パラディンクラスの生徒が迷宮に入った後、全ての出入り口の門が何者かに封鎖されました!!!」

「なんじゃと……!」

「迷宮の中には大人は誰もいないんですか!?」


 俺が聞くと、騎士は俺という存在に戸惑いながらも答えてくれた。


「……封鎖される直前、エルフのロゼッタのみが迷宮に入ることができました」


 さすがロゼだな。だがロゼ1人じゃ明らかに手に余る事態だ。


「門は開かないのか?」

「残念ながら、完全に封鎖されています。守護騎士たちが全力で攻撃してもビクともしませんでした」


 堂長の手元の空間に黒い歪みが生まれる。堂長は歪みから金色の柄の槍を出し、俺に向かって投げる。


「ダンザ、これを持っていけ」


 俺は槍をキャッチする。


「これは?」

「結界を貫く魔導書、界葬棒かいそうぼうじゃ。あの迷宮の門は結界の性質を持つ。おぬしの力でそれを使えば壊せるはずじゃ。おぬしは今すぐここを出て、迷宮内の生徒を救出せよ」

「堂長は来ないのですか?」

「ワシは故あってこの部屋を出ることができん。おぬしに任せる!」


 部屋を出ることができない理由は気になるが、聞いてる暇は無さそうだ。

 俺は「わかりました」と頷き、堂長に背中を向ける。


「ダンザよ!」


 堂長の方を向く。

 堂長は己の背後にある壁を指さす。


「こっちの方が近道じゃ」

「……了解」


 俺は堂長の背面の壁を突き破り、外に出た。




――――――――――

【あとがき】

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