第五十二話 暗殺者対暗殺者

 ダンザ達と別れた後、ハヅキはクイーン寮の屋根の上にのぼっていた。


(コンバート……味覚・嗅覚減衰、視覚上昇)


 ハヅキのユニークスキル『変換コンバート』。ステータスを一つ選び、他のステータスを下げて選んだステータスを伸ばすスキル。

 ハヅキはダンザに敗北した後、己のユニークスキルを見直し、コンバートの選択範囲を広げ、さらに細かく上げるステータスと下げるステータスを選択できるようにした。これまで大雑把に発動していたユニークスキルを丁寧に、慎重に、器用に使うようにしたのだ。


 ダンザに敗北してから今日に至るまでコンバートを1分間に2度必ず発動するようにし、ついに解釈の拡大に成功。

 コンバートの効果範囲はステータスに留まらず、耐性、感覚にまで及ぶようになった。炎耐性を下げ水耐性を上げる、聴覚能力を下げ視覚能力を上げる、といったことが可能になった(しかし視覚能力を下げて力を上げる、風耐性を下げて聴覚能力を上げるといったカテゴリーを飛び越えてのコンバートはできない)。


 同じ『変換コンバート』スキルを持つ人間でこのレベルに達するのは二十代の後半。まだ14歳でこのレベルまで極めたハヅキは間違いなく天賦の才を持っていると言える。

 ハヅキは味覚・嗅覚を低下し、視覚を強化する。単純な視力はもちろん、動体視力、視野の広さも強化される。


「いません。ね」


 次にハヅキは瞼を下ろし、


「聴覚以外の四感を減衰。聴覚最大強化」


 味覚・視覚・触覚・嗅覚を限界まで減衰させ、聴覚を最大強化する。今のハヅキは半径600m以内の全ての音を拾う。

 ハヅキは自身の背後に、僅かな音――雪が地面に落ちた時に発するぐらいの小さな音、足音を拾う。


「解除!!」


 コンバートを解除し、背後を振り返る。黒衣の男がすでにナイフを横に薙ぐモーションを取っていた。ハヅキはナイフの横薙ぎを屈んで躱し、蹴りを繰り出す。


「さっすがハヅキちゃん! やるやるぅ!!」


 男はハヅキの蹴りを腕でガードし、大きく翻ってハヅキから距離を取る。

 相手はジェイクではない。が、ジェイクと同じくハヅキの古い知り合いだ。


「ウルスラさん……」


 ハヅキが男の名を口にする。

 ウルスラ……ハヅキは彼のことを強く覚えていた。なぜならウルスラは悪名高かった。任務のターゲットが女性だった場合、高確率で強姦した後で殺す。もしくは殺した後で強姦する。下衆の中の下衆だ。


「ジェイクさんからお前を見かけたって聞いてな。いやぁ、探したぜぇ! 裏切り者ちゃん! 昔からハヅキちゃんのことは狙ってたんだよねぇ」


 ぞわり。と、あまりの嫌悪感にハヅキは鳥肌を立たせる。


「俺たちフレンドだしぃ、二択……選ばせてやるよ」


 ウルスラは舌を出し、下衆な笑みを浮かべる。


「ヤられてから死ぬのと、死んでからヤられるの、どっちが好み?」

「生憎と、私の純潔を捧げる相手はもう決まっているのです。ノーセンキュー、と言っておきましょうか」

「じゃあ殺してからヤるぜぇ!!!」


 駆け出すウルスラ。その速度は残像が生まれるほど。

 ウルスラのユニークスキルは『速舞叉ハヤブサ』。その能力は単純明快で、敏捷の値が倍になるというもの。


「コンバート」


 ウルスラの速度に対抗するため、耐久・運・魔力を下げ、敏捷を上げる。さらに嗅覚・味覚を減衰させ、視覚を強化させる。

 耐久は攻撃を受けなければ問題ない。運は即死魔法や呪法、確率が絡む魔法に対抗するためのステータス、ウルスラは魔法を使わないため運も不要と判断。ハヅキも魔法を使わないため、魔力も不要だ。

 ウルスラとハヅキは激しくナイフで打ち合い、同時に後ろへ跳ねると服の中に隠していた大量のナイフを投げ合う。ナイフが全て激突し、落ちると同時にハヅキは裾から鎖を出し、ウルスラは裾から鉄球を出し、同時に投げる。鎖の先端にある寸胴がウルスラの腹を打ち、ウルスラが投げた鉄球はハヅキの顔の横を通り過ぎて行った。


「ごはっ!」


 ウルスラは痛みからうずくまる。


「以前は互角でしたが……大分差が出ましたね」


 ハヅキとウルスラでは戦闘センスに大きな差がある。以前はそれを年の功で埋めることができていたが、時間が過ぎれば過ぎるほど差が出るのは必然。今はもう、ウルスラはハヅキの戦闘センスに追いつけていない。


「クックック……! いいねぇ。昔は無表情で、壊し甲斐が無かったが……今のお前は生意気でヤリ甲斐がある!」

「まだ戦うおつもりですか?」

「はっはっは! 見せてやるぜ! 俺の奥義――ごはぁ!!?」


 何かをしようとしていたウルスラだったが、後頭部を光の球に打たれ、そのタイミングを逃した。


「な、なんだ!? がはっ!!?」


 黄緑の光が三つ、ウルスラの全身に体当たりしていく。


「ちょ、ま、このっ……死、死ぬ!?」

「アレは……ロゼ様の……」


 黄緑の光――妖精たちは一方的にウルスラを蹂躙し、気絶させた。

 妖精が1体、ハヅキの耳元に寄る。


『コイツの処理は任せて』


 妖精からロゼの声が聞こえる。


「妖精から声を飛ばすこともできるんですね」


 凄まじい汎用性だ。とハヅキは心の内で称賛する。


『あなたはこのままダンザの援護に行ってちょうだい』

「ダンザ様の?」

『ええ。ダンザがジェイクと交戦を始めた。心配だから早く行って!』


 ハヅキはロゼの言葉を無視し、ウルスラに近づく。


「いえ、私はコイツの拷問をします。ジェイクはダンザ様に任せましょう」

『ダンザ一人にジェイクを任せる気?』

「はい。心配はいりませんよ。むしろ私は足手まといになります」


 残念ながら。とハヅキは寂しそうに笑った。



 ――――――――――

【あとがき】

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