第四十八話 二人のエルフ

 褐色肌のエルフ、ロゼ。

 彼女はその尖った耳をピクッと動かす。


「その魂色こんしょく……まさか、ダンザ?」


 エルフは魂の色、魂色を見切る。

 どうやらロゼは魂色から俺がダンザだと判別したようだ。


「あ、いや――」


 ロゼならば俺がリザードマンに変貌したことを隠す必要もないか。吹聴するタイプでもないし、馬鹿にするタイプでもない。面白がりはするだろうがな……。


「そうだ。久しぶりだなロゼ」

「え? ちょっと待って。なんでリザードマンに……!?」

「話の前にロゼ、鍋見ろ鍋」


 ロゼは黒煙を上げる鍋を見て慌てて魔水晶(火を出す水晶)に魔力を送って止める。


「ははっ! ロゼのそんな驚いた顔、初めて見たな」

「そりゃ驚くでしょ! あのちっちゃくて可愛かったダンザ坊やがそんな可愛げのない姿になってればね!」

「もう俺は39だぞ。リザードマンになってなくてもとっくにオッサンだ。可愛げなんてないよ」

「そ、それもそうね……」

「つーか、アンタは変わらないな。昔と変わらず――」


 喉まで出かかった言葉を口元で止める。が、ロゼは俺が何を言おうとしていたかわかったのだろう。ニヤニヤと笑う。


「恥ずかしがらずに最後まで言えばいいのに」

「……うるさい」

「ねぇねぇ、どうしてリザードマンになったの? 教えなさいよ。料理でも作りながらさ」


 そう言ってロゼは調理道具を次々と投げてくる。それを俺が全部キャッチすると、感心したように笑った。


「わかったよ」


 俺はロゼと肩を並べて料理を始める。

 俺がどうしてリザードマンになったか、その経緯を話す。俺自身のことは語っても、ラスベルシア家の内情、特にユウキの中にアルゼスブブが眠っていることなどはもちろん隠して話す。

 ロゼは終始、表情を変えずに聞いた。なんとなくだが、必死に表情を変えないようにしていたようにも見えた。

 気を遣わせてしまったかな。


「そう。神竜を食べた……か」

「我ながら無茶をしたと思うよ」

「結果的には大成功でしょ。ずっと強くなりたがってたもんね。と言っても、まだ私には遠く及ばないと思うけど」

「どうかな? 今は良い勝負できると思うぞ」


 俺とロゼは同時に笑う。

 昔と違って、彼女の背中が小さく見えるな。



 ---



 ダンザがロゼと話している頃、301号室――ユウキ&ダンザの部屋。

 そこに一人、客が訪れた。

 客はノックする。ユウキは「お待ちください」と言い、読んでいた教科書を机に置いて椅子を立った。

 扉を開ける。来訪客はエルフだった。金髪碧眼、白い肌のエルフ。エルフは長寿の種族で若さを保つため、外見で年齢は判断できないが、見た目年齢はユウキと同じ程の少女だ。


「ポーラ=シルフィードと申します。正面の303号室に今日から入ることになりました。これからよろしくお願いします」


 エルフ――ポーラは会釈する。ユウキも合わせて頭を下げる。


「私はユウキ=ラスベルシアです。よろしくお願いします」


 ポーラは膝に手をつき、自分より10センチほど背の低いユウキに目線を合わせる。


「なるほど。やはり、

「……?」

「失礼しました。ユウキ様、もしよろしければわたくしの占いを受けてくれませんか?」

「占いができるのですか?」

「はい。わたくし、占いが趣味でして。この寮を選んだのも、いま、この部屋を訪れたのも占いに導かれた結果なのです。先ほども言った通り、ただの趣味ですから気軽にお受けしてください。的中率はさほど高くありません」


 相手は恐らく自分と同じ新入生であり、しかも正面の部屋に住む人間。占いへの興味は半々だが、仲を深めるために占いを受けるのは悪くない。逆に断れば印象が悪くなる。


「わかりました。中へどうぞ」

「失礼します」


 ポーラを連れて部屋に入る。

 ユウキのベッドの上で向かい合って座る。


「水晶占い、カード占い、後は星占いがありますが、今回は一番単純な構造であるカード占いでいきましょうか」


 ポーラは懐からカードケースを二つ出し、中にあるカードの束を出す。

 二つのカードの束。裏側の色がそれぞれ赤と青で分かれている。まず赤のカード束をユウキの前に置く。


「まずはこちらの山札から自由に三枚選び、裏にしたまま横に並べてください。表は見ずにお願いします」


 そう言ってポーラはカードを扇状に広げる。

 ユウキは言われた通り、カードを三枚選び、裏にしたまま自分の目の前に並べる。ポーラは残った赤のカードを回収し、懐に入れる。


「次に私がこの青の山札から三枚選びます」


 ポーラは青の山札から三枚直感で選び、自分側に並べる。そして残った青のカードを回収する。


「では始めましょうか。まずは赤の三枚の内、中央のカードを表にしてください」

「はい」


 ユウキは手前側の中央のカードを表にする。カードにはドレスを着た女性が描かれていた。


「赤の中央は現在のあなたの役職を示す。それは貴婦人のカード……これはあなたが現在、裕福な女性であることを表します」

「そうですか。当たっていると言えば当たっていますね。一応、貴族ではあります」


 ただ、あの家で受けてきた仕打ちを思うと、裕福と言われるのは違う気もする。


「次にユウキ様から見て右手側、赤の右のカードを表にしてください」


 ユウキはカードを表にする。

 書かれていたのは……黒い翼の生えた、禍々しい生物の絵。


「赤の右は未来の一つ可能性、あなたが将来なりえる役割を示す。それは悪魔のカード。つまり、あなたは将来……人々を苦しめる悪魔になる可能性がある」

「……っ!!」


 否定はできなかった。なぜならユウキの内には確かにその可能性がある……アルゼスブブという、悪魔が宿っている。


「そう表情を暗くしないでください。赤の右は下振れの未来、マイナスの限界値。あなたの無数にある未来の内、もっとも暗い未来を示します。一方で、赤の左は最も明るい未来を教えてくれる」


 ユウキは赤の左のカードを表にする。カードの絵柄は――白い翼の生えた天使の絵。


「天使、人々を救済する存在。凄いですね。ユウキ様は天使から悪魔までの振れ幅がある。最も振れ幅の広い組み合わせです」


 ホッとしていいのだろうか……ユウキは戸惑う。

 ユウキはハッと我に返り、目の前のエルフの少女を見る。いつの間にか、彼女の世界に引き込まれていた。不思議なオーラのある少女だ。決して悪人ではないだろうが、掴みどころがない雰囲気。良くいえば神秘的、悪くいえば得体の知れないオーラ。


「では次に、青のカードですね。こちらは私が開きます」


 まずポーラは中央のカードを開く。


「青のカードは導き手を示します。中央のカードは現在のあなたを構築した人物、導き手を示す」


 カードの絵柄は、髭が生え、王冠を被った男性。


「父王のカード。つまり、現在のユウキ様を構築した人物はユウキ様の父親ということになります」

「それは……違います」


 つい、ユウキは否定してしまう。

 間違ってもあんな男に自分が作られたと思いたくなかった。

 だが――先日の決別の時まで、自分の中であの男の存在が大きかったことは否めない。


「あくまで占いです。冗談半分に聞いてください」


 ポーラは笑ってユウキの指摘を受け流す。


「次にユウキ様から見て右手側、青の右は不吉な未来への導き手を示す」


 つまり、ユウキを悪魔へと導く存在。

 ポーラは青の右を表にする。カードの絵柄は鎧の戦士。


「騎士のカード。つまり、あなたを不吉な未来へ導くのは現在騎士の役職についている者。もしくはあなたがナイトとして認識している存在、ということになります」


 冗談半分……とは言え、ユウキは頭の中に彼を、ダンザを連想した。守護騎士は騎士のカテゴリーに入るためだ。

 もちろん騎士なんて他にたくさんいるし、ダンザが不吉な未来へ自分を誘うはずがないと断言できる。


「次に青の左、これは幸福な未来、あなたを天使へ導く存在を示す」


 青の左は――赤の右と同じ、悪魔のカードだった。


「面白いですね。悪魔のカードですか。あなたを不吉へ導くのが騎士で、幸福へ導くのが悪魔とは……」

「矛盾ですね」

「矛盾ではないですよ。悪魔だって、使い方次第では人を幸福にします。反対に騎士も、使い方を誤れば人を堕落させる」


 ポーラはカードを回収する。


「占い、とても面白かったです。いつの間にか見入ってしまってました」

「それは良かったです。ではユウキ様、次は教室で会いましょう。わたくしもあなたと同じパラディンクラスですので。あ、その前に入学式でお会いしますかね」


 ポーラは部屋を去る。

 ポーラが去った後で、ユウキは彼女の発言に違和感を覚えた。


「なぜ、私がパラディンクラスに属すると知っていたのでしょうか……」





 ――――――――――

【あとがき】

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

皆様からの応援がモチベーションになります。

何卒、拙い作家ですがよろしくお願いします!

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