第四十二話 約束
本邸を去り、別邸へ続く菜園をユウキと共に歩く。
「ダンザさん、先ほどの父が言っていたことですが……」
「俺が元々人間だったって話か」
ま、聞き流せない話だよな。
「本当、なのですか?」
「ああ、事実だ。およそ半年前まで俺は人間だった」
ユウキは小さく口角を上げた。
なぜかちょっと嬉しそうだ。
「どうしてリザードマンになったのですか?」
「……はぁ。長い話になる。その辺りは屋敷に着いてからにしよう」
別邸の食堂で、ヴァルジアさんも交えて過去話をする。
俺は神竜に丸呑みされたこと、神竜の肉や血を口にして生き永らえたこと、そしてその結果リザードマンになったこと、神竜の中で一年過ごしたことを二人に話した。
二人は、文字通り開いた口が塞がらない状態だった。
「以上だ。なにか質問は?」
「あ、えっと、神竜を……食べた? それでそのような体に? ちょっと、頭の理解が追いつきません……無論、あなたがここで嘘をつくはずがないとはわかっているのですが……なるほど。神竜の血肉を通し、神竜のパワーを吸収したと考えるのなら、そのでたらめな強さにも納得はいきます……けど」
ユウキは動揺しつつも何とか理解しようと頑張っている。
「神竜の中で一年間、一人でいるというのは辛くなかったのですか?」
ヴァルジアさんから予想だにしなかった角度の質問がくる。
「辛かったです。ですが、自分が強くなっているという実感が、辛さや苦しさを打ち消してくれましたね。人間だった時はどれだけ努力しても弱いままでした。恐らく、まだ子供であるユウキ、アイ、ノゾミの三人にすら歯が立たなかったでしょう。一生荷物持ちのまま終わっていたでしょう……だからこの力を得た時、とても嬉しかったのです。たとえ体は人間で無くなっても、俺は強さが欲しかった。なので同情はいりませんよ」
「そうですか。私はこの話を聞いて安心しました」
「? なぜです?」
「弱者の立場を長年味わったあなたには、弱者の気持ちがよくわかるはずです。弱者に寄り添い、力を貸すことができる。最初から強かった者には備わらない強さを、あなたは持っている。あなたがユウキ様の守護騎士で本当に良かった……より安心して託せます」
つい照れくさくて、俺は頬を掻く。
「私もヴァルジアと同じです」
ユウキは笑う。
「安心してあなたに背中を任せられます。ダンザさん、私たちにこの話をしてくれて、ありがとうございます。決して他言しません」
二人の温かい笑顔が、俺の羞恥心をさらに熱くさせる。
「ゴホン。えっと、ついでになって悪いがユウキ……お前にはもう一つ伝えておきたいことがある」
恥ずかしくなったので急遽話題変更だ。
「なんでしょうか?」
「俺に明確な目標が出来た」
「目標ですか。ぜひ聞かせてください」
「俺の目標……それは」
俺はユウキの目を真っすぐ見る。
「いつか君の中にいるアルゼスブブを解放して、討伐することだ」
俺の言葉を聞くと、ユウキは目を見開いた。
まだ頭が混乱しているだろうが、俺は構わず話を続ける。
「今回、君の体を借りたアルゼスブブと戦って、体感では互角だった。もし奴が封印から解放され、本来の姿を取り戻したなら俺の方が分が悪いだろう。だけど手が届かない存在じゃない。今回の戦いで確信した。俺は……アルゼスブブに届く器だ」
あの戦いで確かに感じた手応え。
アルゼスブブに底知れない強さを感じつつも、絶対に勝てないという印象は受けなかった。
自分の力を過信しているわけじゃない。アイツは、俺の手で倒さなくてはならない。俺でなきゃ倒せない――そんな使命感がある。その使命感がどこから来ているのかはわからない。ユウキの守護騎士だから、ではない。遺伝子レベルで俺はアルゼスブブに対し強い敵対意識を持っている。
「いつか俺が、君の体を本当の意味で解放する。君から呪いを取り除いてやる。まだ現時点じゃ勝てるか怪しいから、もちろんこれから修行して強くなってそれから――って」
ポタリ、とユウキの瞳から涙が零れ、テーブルに落ちた。
「――――え?」
ユウキは自分の瞳から涙が落ちたことに数秒、気が付かなかった。
「す、すみません……あまりに、驚いたもので」
ユウキはヴァルジアさんから渡されたハンカチで涙を拭う。
「この涙は……戴宝式の時とは違います……人生で、初めてです。
「ユウキ……」
先ほど父親と縁を切ったばかりだ。精神的に不安定だったのも相まって泣いてしまったのだろう。
「一生、この呪縛からは逃れられないと思っていました。でも、違うのですね。信じていいんですね。ダンザさん……私はまだ諦めなくていいんですよね……普通の女の子になることを、諦めなくていいんですよね……」
震えるユウキの体。
俺は身を乗り出し、ユウキの頭を優しく撫でる。
「ああ。任せろ。いつか俺が君を、呪いの子じゃなく――ただの可愛い女の子にしてやる」
「ふぐぅ!」
俺が言うと、今度はユウキの背中をさすっていたヴァルジアさんが泣き出した。
「ヴァルジアさん!?」
「失礼……いけませんな。歳を重ね、涙腺が緩くなってしまったようです……」
泣いてしまった二人を置いて出て行くわけにもいかず、それから俺は二人が泣き止むまで慰め続けたのだった。もっとタイミングを見て、話すべきだったかな……。
――――――――――
【あとがき】
4月30日火曜日21時より……新連載が始まります。
『色彩能力者の錬金術師 ~モナリザに惚れた男、モナリザを『造るため』に錬金術を学ぶ~』です。
モナリザに心底惚れた男が、モナリザを造るために錬金術を学ぶ話です。ガチ面白いので、ぜひ読んでください。そして思いっきり書籍化狙っているので、
『面白い!』
『続きが気になる!』
と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!
小説家になろうの方では4月27日土曜日18時よりスタートします。
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