第四十一話 父と娘

 出発前日。

 俺とユウキはアポイントを取って、当主執務室に足を運んだ。


「失礼します」


 ユウキは挨拶し、中に入る。

 俺は敢えて何も言わずに中に入った。この部屋の主に対し、敵意を持っていると態度で示す。


「来たか」


 ラスベルシア家当主、ゾウマ=ラスベルシアはいつもの厳格な表情で俺たちを迎えた。

 恐怖も、謝意も、喜びも、なにも感じない表情だ。


「ザイロスは失敗したようだな」


 ゾウマは俺に視線を送って言う。


「まさかアルゼスブブに対抗できる者がいるとは驚きだ」


 そう言う割に表情は一切変わってない。


「やっぱり、全てあなたが仕組んだことなのですね」


 ユウキが語気を強めて言う……が、その足は微かに震えている。長年、仕込まれた父への恐怖が足を震わせているのだろう。


「ザイロスと接触したのは、貴様が守護騎士選抜試験を開く三日前だ。奴をお前の守護騎士にし、奴の持つ支配力でお前を傀儡にするのが目的だった」


 一切詫びることなく、その気配すら見せず、ゾウマは自身の思惑を語る。


「呪いの子を完全に管理すること、それが代々ラスベルシア家の当主に課せられる最大の課題だ。私はザイロスを使い、お前を管理しようとしたが――失敗した。ダンザ=クローニン、お前のせいでな」

「俺のこと、随分と前から知ってたみたいだな」


 俺は敬語も使わずに言う。


「ああ。ヒューマンからリザードマンになった突然変異種……実に興味深い存在だ」

「え?」


 ユウキは、俺を生粋のリザードマンだと思っている。だから俺が元人間だと知って驚いた様子だ。

 だがその説明については後回しにし、今はゾウマとの話を進める。


「ザイロスが敗北した後、私はプランを変更した。ザイロスではなく、お前をユウキの枷にしようとした。お前がもし、アルゼスブブに対抗できるだけの力を持っているのなら、ユウキを外に出しても安心だと考えた。それから先の私からユウキやお前に仕向けたモノ全て、お前の力を測るためにやったことだ」


 戴宝式での執拗なユウキへの虐めやハヅキを仕向けたこと、ザイロスを仕向けアルゼスブブを簡易的に復活させたこと。それらは全て、俺の力をテストするためのものだったとゾウマは言う。


「テストなんて、軽いモノじゃなかったけどな」

「ひょっとして、お前は怒っているのか?」

「当たり前だろ」

「なぜ怒る? アルゼスブブとの戦いはお前を多大に成長させた……違うか?」


 つい言葉を詰まらせる。

 アルゼスブブとの戦いで俺が得たモノは確かに多い。この体になってからの戦闘は全て一切のスリルのない、得るモノのない戦いだった。だがアルゼスブブとの戦いは違う。初めての同格以上の存在との戦いは俺の潜在能力を引き上げた。


 しかし、だからと言ってあれだけの蛮行を許すわけにはいかない。


「もしもザイロスの気が変わっていたら、ユウキは殺されていたかもしれない。もしもパルリア森林に人がいたら、俺とアルゼスブブとの戦いに巻き込まれて死んでいた。例えアンタにそれなりの理由があったとしても、許されることじゃない」

「もしもの話をしてどうする。現に全てうまくいったじゃないか」

「ザイロスは死んだぞ」

「死んで当然の人間だ」


 ゾウマの眼は冷たい。本当に一切、悪気がないらしい。

 この男にいくら罵詈雑言をぶつけたところで、時間の無駄だな。


「ちなみにテストの結果は合格だ。お前をユウキの守護騎士として認めよう」

「偉そうに言うな。アンタの許可なんていらない」

「随分と嫌われたものだな。残念だ。私はお前のことをかなり気に入っているのだがな」


 俺は刀を引き抜き、ゾウマの首に添える。


「ダンザさん!?」

「……次もしもこんな悪ふざけしやがったら……この家の歴史、俺の手で終わらせてやるから覚悟しな」

「案ずるな。もう手出しはしないさ。もしアルゼスブブが一時的に出てきても、お前なら対処できる。そう確信できたからな」


 言質は取った。今日はこれで引き下がるとしよう。

 俺は刀を鞘に収める。

 俺の忠告を破り、もしまたゾウマが何かしてきたら有言実行する。ラスベルシア家は俺が叩き潰す。


「俺の用件は終わりだ」


 俺は下がり、壁に背を預けユウキとゾウマの話を見守る。


「お父様、なぜ私の体にアルゼスブブが封じられていることを黙っていたのですか?」

「お前が体内にアルゼスブブが居ると認識することで、色々と問題が起きるからな」

「問題とは? 全て話して下さい」


 ユウキはもはやゾウマに対して一切の遠慮はない。敬語こそ崩さないが、ユウキはユウキで父親に苛立ちを感じているようだ。

 そんな娘の様子がおかしいのか、ゾウマは一笑を挟む。


「体内にアルゼスブブが居ると認識することで、アルゼスブブとお前の間に一つの縁が生まれてしまう。簡単に言うと、お前とアルゼスブブの間で対話が可能になってしまうのだ」

「対話……私が、あの大魔王と話せるんですか?」

「そう遠くない内に奴からお前に語り掛けるだろう。唆されないよう気をつけることだ」

「はい……」


 話を終えたユウキはゾウマに背を向ける。


「最後にお父様、聞かせてください」


 ゾウマに顔を見せず、ユウキは聞く。


「なんだ?」

「私に対し、愛情はありますか?」


 ユウキの声は震えていた。

 恐らくずっと、心の底から聞きたいことだったのだろう。旅立ち前日、最後に聞かずにはいられなかったのだろう。

 返答なんて、わかりきっているだろうに。


「お前に愛などない。私にとってお前は、爆弾以外の何者でもない。先に言っておくが、家を継がせる気も一切ない」


 淡々と、感情のない声でゾウマは言う。


「……私は、あなたと家族になりたかった」

「私の娘は一人だ」


 ユウキは扉の前まで行って、ゾウマを一瞥する。


「さようなら。お父様」


 ユウキが部屋を出て行く。俺も続いて部屋を出る。

 それ以来、ユウキがゾウマのことを『父』と呼ぶことはなくなった。





 ――――――――――

【あとがき】

4月30日火曜日21時より……新連載が始まります。


『色彩能力者の錬金術師 ~モナリザに惚れた男、モナリザを『造るため』に錬金術を学ぶ~』です。


モナリザに心底惚れた男が、モナリザを造るために錬金術を学ぶ話です。ガチ面白いので、ぜひ読んでください。そして思いっきり書籍化狙っているので、

『面白い!』

『続きが気になる!』

と少しでも思われましたら、ページ下部にある『★で称える』より★を頂けると嬉しいです!

小説家になろうの方では4月27日土曜日18時よりスタートします。

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