第三十五話 複製

 リザードマンのこの体になってからと言うもの、スタミナ切れを起こしたことがない。全速力を維持して長距離を走ることも容易だ。

 ハッキリ言って、ただの人間が何の魔法も無しで俺についてこれるはずがない。

 ドクトもノゾミちゃんも、スタートしてから10秒間はついてきた。けど、


「はぁ……はぁ……!!」


 ノゾミちゃんはスタミナを切らし、よろけた後に転んだ。敷地を出てすぐの場所だ。住宅街だし、馬車が通るような場所でもない。放っておいても問題ないだろう。


「いいのか? お前の主を置いて行っちゃって」


 ドクトはノゾミちゃんの方を振り返りもせず、俺についてくる。


「俺が足を止めて慰めに行ったところで、余計なことをするなとキレられるだけだ」

「……しかし」

「案ずるな。この屈辱は必ずアイツを強くする。それより――はぁ」


 ドクトは小さく息を切らした。


「喋るのは……勘弁してくれっ! そんな余裕ねぇの俺も! つか、なんなんだアンタ! 速すぎるだろ!!」


 お前はお前で何者だ。俺の全力疾走についてこれるとか人間の域じゃないぞ。


「ドクト」

「だから、喋る余裕ない――」

「体が温まってきたから、スピード上げてもいいか?」

「…………マジで言ってる?」


 俺は速度を上げる。

 ドクトは絶叫しながらも食らいついてきた。



 ---



 パルリア森林の前に辿り着いた。


「ぜーっ! ひゅーっ! ぜぇー!!」


 過呼吸しながら倒れ込むドクト。

 結局、一切加減してないのについてこれた。さすがは伝説の槍兵だ。想像以上の体力……いつか全力で手合わせしてみたいものだ。

 俺はドクトの呼吸が整うのを待つ。ドクトは絶対に役に立つ。ここで置いていくのは惜しい。

 今の内にパルリア森林を観察する。

 背の高い……巨人すら覆い隠してしまいそうなくらい背の高い木々で構築された森林だ。森林の中からは無数の殺気を感じる。


「わりぃ。待たせたな」


 ドクトはものの10秒で呼吸を整えた。さすがだ。

 ただまだ汗はダラダラで、疲労が顔を歪めている。


「さてさて、どう攻略するかね」

「どう攻略するって、真っすぐ突っ込むしかないだろう」

「それでも突破できると思うが、黒幕の企みがわからない以上、ここの化物たちに体力を削られるのは得策とは思えないな」


 木々の隙間から、全長10メートルはあるだろう一ツ目の怪物が見えた。


「知ってるか? ここの木々にはマギの実と言う魔物たちが大好きな果物が成るんだ。だから奴らはこの森から出ない。実が成る限り、人里には来ない。マギの実に比べたら人間なんて激マズだからな」

「その話、いま関係あるのか?」

「実は硬い殻で包まれていて、これを割ると実の香りが瞬時に広がる……」


 ドクトの狙いがそこでようやくわかる。


「まさかお前」

「実を使えば奴らを誘えるってわけだ。陽動は任せな。俺が暴れている内に、アンタは迂回するんだ」


 実を割り、香りを散布すれば魔物が集まる。

 集まってきた魔物を片っ端から倒し、魔物の血の匂いが散布すればさらに魔物が集まる。

 ドクトは実を割って、ここら一帯の魔物を一か所に集める気だ。


「大丈夫か?」

「舐めんな。万全だったらアンタにだって十回に一回は勝てる自信はある」


 ドクトは銀の槍ナタクを右手に持つ。


「ユニークスキル『複製コピー』発動!」


 ドクトの左手にもう一本ナタクが現れた。

 それだけにとどまらず、ドクトの周囲に次々と銀槍が現れ地面に刺さる。


「これは……?」

「名の通り、俺のユニークスキルは手で触れた無生物を複製させる。性能は半分以下に下がるけどな」


 凄いな。間違いなくAランク以上のスキルだ。

 ドクトは両手のすべての指の隙間に槍を握る。合計八本。凄まじい握力だ。


「竜殺しの槍ナタクは投擲すると、流星の如き速度で突き進む」


 ドクトは槍をぶん投げる。槍は目にも留まらぬスピードで突き進み、森の節々にある実を割った。


「俺のユニークスキルと最高の相性だぜ」


 凄い。俺の眼でも見切れなかった。アレが最高速で飛ぶ竜すら打ち落とす槍、ナタクか。しかもあの槍には竜特効の属性もあるという……恐ろしい。


「おら行け! 早くしねぇとおたくの姫さん死んじまうぞ!!」

「悪いなドクト。恩に着る!」


 俺はドクトを置いて、森を迂回する。

 最後に振り返り、見たドクトは自分の十倍以上の体躯を持つ魔物たちをなぎ倒していた。

 さすがは伝説の冒険者。竜殺しの名に恥じぬ強さだ。アイツが派手に暴れているおかげで、俺は静かに動ける。俺と、ユウキを攫った奴との戦いで余計な横槍が入ることもなくなっただろう。

 この広大な森の中からどうやってユウキを見つけるか、考えながら森を走っていくと、印があった。

 木の幹に、赤いインクが付いている。

 一定の間隔を空けて、インクの付いた木々がある。

 インクはまだ乾きかけだ。ほぼ間違いなく、ユウキを攫った人物が残した手がかり。



――誘っているな。



 この誘いを断るなんて選択肢はない。俺はインクの付いた木を辿っていく。







 ――――――――――

【あとがき】

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