第二十九話 暗殺の天才

「ふぁ~あ。んで、なに? どうしたの?」


 アイは濡れた体が冷えないように、俺の布団をぶんどってくるまっている。

 どうやらコイツ、手ぶらで屋敷の壁を登り、窓から入ってきたようだ。とんだお転婆娘である。


「あなたに命令があるの」

「お前からの命令は聞かん」

「ぐっ……! じゃあ命令じゃなくて、お、お願い」

「なら一考する。つーか、ユウキも呼ぶ?」

「いい! アイツは絶対呼ばないで!」


 ユウキに知られたくない用ってわけか。ユウキにバレたくないからわざわざ窓から入ってきたのかな?


「わかった。話してくれ。お前のお願いってやつを」

「実は……」


 ベッドの上で向かい合い、俺は話を聞く。


「お父様がね、ハヅキにあなたの暗殺を依頼したの」

「ほう。あのメイドちゃんにね」


 ご当主様、なにかしらちょっかいはかけてくると思ったが、暗殺とはね。ユウキは魔神のことがあるから殺せないけど、俺は別にいいってか。


「お願い! 早くこの街から出て行って! そうすればハヅキはアンタを殺せない。あの子は私の守護騎士だから、この街からは離れられないからね」

「……」

「なによ? そんなジーっと見て」

「いや、お前が俺の命の心配をするとは驚いたな。俺が死んだらむしろ喜ぶと思ってたよ」

「はぁ? アンタの命なんでどうでもいいわよ。私はね、あの子に、ハヅキに手を汚して欲しくないだけ!」


 アイはぎゅっと布団を握る。


「……ハヅキには……、誰かの命を奪ってほしくないの」

「『もう』? ってことは、これまでは誰かを殺したことがあるのか?」


 アイはギクリと体を震わす。自分の失言に遅れて気づいたようだ。


「あるみたいだな」

「……高額の報酬さえ払えば、どんな暗殺任務も請け負う暗殺部隊、カクレ。あの子はその一員だった」


 聞いたことがある。大貴族たちが寄ってたかって依頼をする凄腕だらけの暗殺集団。構成員たちの腕はAランク冒険者に匹敵する。中には英雄級の人間もいるとか。その一員となると相当の手練れだな。


「私とハヅキは五歳の時に出会った。それから五年間、私たちは朝から晩まで、ずっと一緒に遊んだ。親友……だったのよ」


 アイは喋り出しこそ口元に笑みを浮かべていたが、すぐにその笑みが失われた。

 これから先の話は相当に暗く、重いモノなんだと予感させる。


「けれど、十歳の時にあの子の両親が病死して、あの子は生きるためのお金を稼ぐために……暗殺部隊カクレに入った。元々運動神経の良い子で、優秀なユニークスキルも持っていたから、カクレの隊長にその才能を買われたみたい。当時の私はまだその事実を知らなくて、突然消えたあの子に怒ってたわ。そして十三歳の時――あの子と再会した」


 アイは瞳に涙を浮かべる。


「私は怒ったわ。『どうして急にいなくたったの!?』って。でも……あの子は私のことを忘れていた。暗殺技術以外すべての記憶を失っていた。いえ、奪われていた。カクレのリーダーに、洗脳されていた。私はお父様に頼んで、ハヅキを保護した。その後でお父様がハヅキをカクレからお金で買ってくれたの。私はあの子に私のことを思い出してほしい、昔みたいに笑ってほしい。だから、暗殺のことを忘れてほしいの! 人殺しの道具である限り、昔のあの子には戻らない……絶対に」


 引っかかる部分が何個かあるが、一旦心の内に留める。


「殺しなんてしたらまた……あの子は深い闇に落ちてしまう……」


 事情は飲めた。

 俺がやることも決まった。

 この女の子たちの未来を、邪険にしたらオッサン失格だ。


「協力はする。けど、街からは出ない」

「な、なんで!? 聞いてなかったの!? あの子は暗殺の天才よ! アンタなんて気づいたら死んでるわよ!」

「俺はユウキの守護騎士だ。あの子から離れるわけにはいかない」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」

「場合だよ。大丈夫。ハヅキは俺がなんとかする」

「なんとかするって……」

「暗殺者としてのアイツをぶっ飛ばしてしまえばいいんだ。アイツに俺は絶対に殺せないと教える。アイツの道具としての価値を無に帰してやる」

「アンタ、ハヅキに勝てるとでも思ってるの?」


 俺はベッドから出て、机の上に置いている神竜刀を手に取る。


「俺はアイツに負けないよ。これが証拠だ」


 刀を手に取った瞬間、天井に正方形の穴が空き、ハヅキが穴から飛び出て俺の真上に飛来した。

 俺は刀を鞘から少しだけ抜き、その刃の反射で上を見ている。ハヅキはまだ俺が自分の侵入に気づいていないと思っている。逆手に持った短刀で、俺の首を狙っている。


「ハヅ――!!」


 アイが名を呼びきる前に、俺の首を斬れるタイミング。名のある暗殺集団にいただけあって見事な速度だ。

 俺は鞘から刀を振りぬき、すぐさま刀を鞘に収める。二人は目で追えなかったであろう斬撃で、俺はハヅキの手にある短刀を細切れにした。


「っ!?」


 ハヅキは床に着地するとすぐさまバク転で距離をとった。

 俺はハヅキの方へ向き直る。

 ハヅキは柄だけになった短刀を呆然と見つめている。


「……やりますね」

「殺気を隠し切れてなかったぞ。殺し屋さん」



 ――――――――――

【あとがき】

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