第二十二話 戴宝式
戴宝式の日がやってきた。
面倒なことに戴宝式は正装で出席しないといけないらしい。ゆえに俺は今、ヴァルジアさんに着つけしてもらっている。
黒のスーツに黒のスラックス。リザードマンとは明らかにミスマッチな衣装に身を包む。
「すみませんねぇ着付けしてもらって。スーツは着たことがなくて、着方まったくわからないんですよ」
「いえいえ。こちらこそ申し訳ございません。我々の行事のせいで、リザードマンの御仁にこのような堅苦しい格好をさせてしまって。ふむ……一番サイズの大きい物を持ってきたのですが、それでもピチピチですな」
「いえ、大丈夫です。尻尾だけは……どうしようもなかったですけどね」
尻尾を出すため、ケツの部分に尻尾用の穴が空いている。ヴァルジアさんが改造してくれたようだ。ホント頭が上がらない。
最後にネクタイをキュッと締めてもらう。ヴァルジアさんは満足げな顔で、
「お似合いですよ」
なわけあるか。
「式典に武器は持ち込んでもいいんですか?」
「はい。特に制限はされておりません」
じゃ、一応ヒグラシは持っていくか。
「準備はよろしいですか?」
ドレス姿のユウキ。
ユウキのドレス姿は別に珍しくもないから、驚きとかはない。
でも一応言っておくか。
「似合ってるぞ」
「いつも着てるドレスとそこまで変わらないでしょう」
可愛くない奴。
「ダンザさん。スーツ、似合ってますよ」
なわけあるかパート2。
「ダンザさん。改めて言いますが、式典中はなるべく大人しくしていてください」
「そう何度も忠告されなくてもわかってるよ。俺ってそんな落ち着きないように見える?」
「いえ、見た目の印象に反してめちゃくちゃ大人です」
「でしょ」
「でも……人一倍、やさしさのある人です。知っての通り、私はラスベルシア家から疎まれています。陰口や悪口を言う方もいるでしょう。現当主、父から渡される宝も、もしかしたら雑巾とかかもしれません」
「さすがにそれはないだろ……」
ヴァルジアさんが俺から視線を逸らした。
今の反応を見るに、どうやらヴァルジアさんは本当に雑巾を送られる可能性もあると考えているらしい。
「お願いです。私がどんな目に遭っても耐えてください。傍観してください」
「それは断る。俺はキミの守護騎士だ。いざという時は守る。たとえ、相手がキミの家族でもね」
ユウキは理解できないって感じの表情で、「……わかりました」と口にした。あれ? 意外にあっさり引き下がったな。
「では先に玄関へ向かっています」
「はいよ」
ユウキが部屋から出た後で、ヴァルジアさんが微笑んだ。
「なんかお嬢様、変な感じでしたね」
「ユウキ様には理解できなかったのでしょう。御当主様に背いてでも、自分を守ると言うあなたの覚悟が」
「そんなに変なことですか? 形式上、俺はユウキの従者なんだからユウキを優先するでしょう。ヴァルジアさんだって、当主様よりお嬢様を優先するでしょう?」
「いえ……それは違います。私の雇い主はあくまで御当主です。いざという時、私はあの御方には逆らえません」
冷たい、とは思わない。
夫婦で長くここに勤めていたんだ。ユウキにも敬愛はもちろんあるだろうけど、当主にも頭が上がらないのだろう。
「ダンザ様」
「はい?」
「あなたはいつ何時も、お嬢様の味方でいてあげてくださいね」
「は、はい!」
その脅迫じみたヴァルジアさんの笑顔を前に、俺は頷くしかなかった。
---
式典会場は本邸の中にあった。
聖堂だな。神像があって、その前に祭壇がある。祭壇から距離を取って椅子が何列も横に並んでいる。
守護騎士は一番後ろで立ち見。他の親族たちは椅子に座る。ユウキやアイなどの新入生たちは一番前の席にいる。
ラスベルシア家の血を受け継ぐ者たちは白い髪が特徴らしい。ユウキは黒も混じっているけど、他のラスベルシアの親族と思しき人間はみんな白い髪、緑の瞳だ。
言うまでもないが、一番目立っているのは俺だ。スーツを着たおっさんリザードマンだ。どいつもこいつもチラチラ見てきやがる。
「……あれがユウキさんの守護騎士……」
「……さすがは呪いの子。従者もまるで呪われているかのよう……」
「……怪物がお好きなんですねぇ。まったく」
陰口が耳に届く。
我慢だ我慢。へいじょーしん。
「久しぶりだなぁ、ハヅキちゃん」
俺の隣にいる黒髪の少女、アイの守護騎士であるハヅキに赤毛の男が話しかけている。
ここに立っているということはこの男も守護騎士なのだろう。歳は二十歳ぐらいか。背も筋肉もある。槍を携えているから槍使いか。垂れ目で、表情には余裕がある。
俺がユウキの守護騎士で、ハヅキがアイの守護騎士だから、この男はノゾミ君の守護騎士だろう。
「どう? 彼氏とかできた?」
「……」
「ちょっとガンスルーは酷くね?」
ぱち。とつい男と目が合ってしまった。
「アンタ、ユウキ様の守護騎士だろ?」
「ああ。そうだ」
「俺はノゾミの守護騎士のドクト=レームだ。よろぴく」
「ドクト=レーム!? あの竜殺しのドクトか!?」
「俺ってリザードマンに知られるぐらいの有名人だったのか。驚きだな~。いや、むしろリザードマンだからこそか? 竜殺しなんて、竜人からしたらおっかないもんな」
ってことは、この男の背にあるのが竜殺しの槍ナタクか。
世界各地の竜を殺して回った伝説の槍兵。こんな男まで守護騎士として参加するのか。ザイロスより遥か格上、冒険者の中でもトップレベルの男だぞ。コイツの噂は北の果てまで轟いていた。
「俺はダンザ=クローニンだ。よろしく」
「ダンザ、それともダンザさん? アンタ年下? 年上? どっち?」
「間違いなく年上だと思うけど、砕けた喋り方でいいよ」
「じゃあダンザで。良かったよ守護騎士の中に喋れる奴ができて。この子は無口で話し相手になってくれないからな~」
ドクトはハヅキの頭をポンポンと叩くが、ハヅキは無言・無表情のままだ。
「おっと、当主様の登場だ」
前の祭壇に、厳格そうな白い髪の男が上がる。
多分、俺と同じぐらいの歳だろう。その目つきは冷ややかで、表情に緩みは一切ない。彼が来た瞬間、場の空気が一気に締まった。
「それでは、これより戴宝式を始める」
当主の一言で式が始まった。
――――――――――
【あとがき】
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