事故物件

Bamse_TKE

第1話

 おれは控えめに言ってもクズだ。


 自分でよく承知していることを改めて今認識している。俺は久しぶりに女が欲しくなって不動産屋へ行った。知らない人がこの話を聞いたら、何を言ってるのかわからないだろうが、俺の行動は経験則に基づいている。


 部屋など借りるつもりはないまま、俺は狙いをつけていた不動産屋へ駆け込んだ。若くてきれいな女性店員が店番をしているタイミングを狙って。いい部屋を急いで借りたがっている乗客を装い、おれの嘘話にほいほいと乗ってきた女性店員に住宅の内見を依頼した。


上手く行った。


 そう思った矢先、先ほどまでは顔も出さなかった男性店員が現れ、内見に同行すると言い出した。おれは怒鳴り散らして、その不動産屋を後にした。おれは二人きりとなった女性に、内見中の物件で悪戯をするような変態に見えるのかと。


「まあ、見えたんだろうな。」


 自嘲気味におれは呟いた。以前は上手く行ったこの方法だが、今回は上手く行かなかった。前回は上手く行ったのに。


 以前同様の手口で不動産屋の女性店員を連れ出し、一件目のマンションでは良い客のままで振舞った。マンション出入り口の監視カメラを警戒していただけだったのだが。二件目は小綺麗なアパート、その個室でおれは本性を露わにした。恐怖に震え、涙を流す女性店員は声を出すこともできず、おれに蹂躙された。彼女の中に欲望をぶちまけた後、行為の最中をスマホで記録していたおれは、その画像を彼女に突き付けた。彼女は放心したように俺の指示に従い、なんと三件目の物件に俺を案内し、その床に跪いて俺に奉仕を始めた。おれの興奮は最高潮となっていた。性的快楽ももちろんだが、抵抗できない人間を従わせ、思うがままに嬲るのがたまらなかった。ことがわった後、おれは足早に姿をくらませた。欲望が昇華されたおれは天にも昇る気持ちで帰途についていた。


 その後おれには何のお咎めもなかった。彼女はあのことを誰にも話さなかったに違いない。だが彼女の沈黙はおれを増長させた。おれはこの成功に味を占めたのである。


 前回の成功が忘れられず、不動産屋を回るおれであったが、どこに行っても女一人で賃貸物件にのこのこと同行することを許す店は無かった。イライラしながらスマホで不動産屋を検索していたおれの目にとある広告が飛び込んできた。


【訳あり物件専門店】

【単身女性も安心、内見同行は必ず女性一人です】


 何だこの店


 おれは笑いを禁じ得なかった。いまの俺にぴったりの店じゃないか。男性を禁じるとは一言も書いていない、これならおれの目的も達成できる。おれはすぐさまこのサイトに偽名と架空の住所、即席で作った捨てメールアドレス、そして可能な限りの嘘を入力した。


 しばらくして捨てメールアドレスに連絡が入った。おれにはその着信を知らせる音が、釣り竿に魚がかかったことを知らせる魚信あたりのように感じられた。


 馬鹿な獲物がかかった


 しばらくして本当に店員が現れた。割と長身で細身だが、出るところはしっかりとビジネススーツを盛り上がらせている。獲物にふさわしい逸材だ。おれはしばらく身を隠していたが、だれかに連絡を取るような素振りも見えず、まわりの人間とコンタクトを取っているような仕草もない。おれは安心して女に声をかけた。


 女は嬉しそうに名刺を渡しながら自己紹介を始めた。きわめてにこやかに名刺を受け取った俺の頭には、女の言葉などほとんど入ってこなかった。そう、おれは興奮を隠すので精いっぱいだった。


 しばらく歩いておれと不動産屋の女は、小綺麗なアパートについた。はやる気持ちを抑えつつ、アパートを探している体を崩さないように、おれは女にこのアパートの家賃を聞いた。その答えは俺が想像していたのよりも安い。明らかに事故物件だ。部屋の中で人死にがあったのだろう。女は躊躇せずにここで、首つり自殺があったことを答えた。まあ、事故物件専門を歌っている店だ。こんな質問は慣れっこなのだろう。


「さあ、着きましたよ。お客様。」

 

 アパートの扉を開けて、俺に向き直る女、その振る舞いとわずかに香る女の匂いにおれはもう狂いそうだった。


 部屋に入るなり、女は部屋の説明を始めた。いや始めようとした。しかし後ろにいるおれがカギをかける音に口を閉ざした。


「お客様?」


 おれは問答無用で背後から女を押し倒した。しかし奇妙なことに女は全く抵抗を見せない。そして自分の体をまさぐるおれの手を無視するように呟き始めた。


「この部屋で首をくくった女性は、不動産屋勤務で内見に同行した際、客に犯された女性です。今のあなたがしているように、彼女は犯されたことを悔やんで自死を選びました。」


 おれはこんな話に罪悪感を覚えるような雑魚ではない。なんならお前もおれに犯された後ここでぶらさがったらどうだ?


 そんなことを考えていたおれは視界が歪み始めたのに気付いた。興奮のせいか目の前にある白塗りの壁がうねり始めた。いや、実際に表面が波打ち始めた。そしてそのうねりが原生動物の触手がごとくおれにむかって伸びてきた。おれは驚いて立ち上がり、後ろに飛びのいた。しかし壁は後ろからもその触手を伸ばしていた。おれの体は瞬く間に白い壁の触手に捕まった。


「あらあら、私の見立て通り、救いようのないクズだったみたいね。あなたは。」

 

 触手にからめとられて身動きできない俺を見て、女が立ち上がりにやにやしながら呟いた。


「それは人を飲み込むのよ。そして彼らの世界に連れて行くのよ。」

「なんで俺だけ、お前はどうして取り込まれない。」


 おれは必死で叫んだ。


「知らないわよ。でもいつもそれに取り込まれるのはあんたのようなクズばかり。多分クズが好きなのね。」

「た、助けてくれ。」


 おれは初めて女に懇願した。しかし女の解答は冷めたものだった。


「だめよ、あなたをそれにお届けしないと私が報酬貰えないじゃない。事故物件専門店なんて儲からないんだから。」

「そんな・・・・・・。」

「今まであなたが嬲ってきた女たちと同じように、彼らに嬲ってもらうといいわ。」


 言い返そうとしたおれの口はすでに壁に取り込まれ、何も話せぬまま深い闇の中へ吸い込まれていった。そしてそれは恐怖に支配されたおれを連れてどこかへ・・・・・・。



 さきほどクズと呼ばれた男が完全に壁の中に消えた後、女を一人残した部屋にパラパラと小金属が落ちる音がした。きらきらと金色に輝く、少量ではあるが砂金を女は嬉しそうに拾った。


「助かるなぁ、こんなにたくさん。あんなクズが砂金に変わるなんて素敵なお話。」


 女は嬉しそうに呟いた。

 

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事故物件 Bamse_TKE @Bamse_the_knight-errant

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