楽園追放
月鮫優花
楽園追放
「で、明日うちみ……違うか、うつみだっけ?」
「内見だよ。な、い、け、ん。」
「そうそう、それそれ。」
「まったく、おれがいなくなっても大丈夫なのか?」
「平気だもん。」
おまえは少し子供っぽく、拗ねているみたいに返事をした。実際おまえはきっと平気なんだろう。おまえは確かに抜けているところもあるけれど案外しっかりしていて、やる時はやる。他人に気さくで優しくて、みんなから好かれる。おまえはきっとおれがいなくたって十分幸せに生きていける。笑っていける。それはきっと素敵なことで、おれにとってだって決して悪いことでもないはずだ。でも、酷い話だけれど、ほんとうは、おれはおまえに首を横に振って欲しかった。はやい話、おれはおまえよりずっと子供っぽかったのだ。おまえとずっとそばにいたかった。おまえにずっと求められていたかったし、おまえをずっと求めている。
おかげで、当の内見も全く集中できなかった。この窓から刺す光に照らされたおまえは、きっと一段と愛らしく見えるだろうな、何色のカーテンが似合うだろうか。この黒い玄関にはきっとおまえの薄桃色のシューズが映えるだろうな。そんなことばかり考えていた。こんな狭い部屋ではおまえと住めるわけもないのに。
そもそもこんなことに何の意味があるのだろうとすら思った。どこでも、おまえが居てくれてさえいれば華やいで見える。おまえはおれの太陽だから、部屋に窓なんて一つも付いていなくとも、おれはおまえに照らされる一人になれれば幸せだ。玄関だっていらない。靴なんて適当に投げ捨ててしまえばいいのだ。おれがどこにでもおぶっておまえを連れ出すと誓おう。問題は、おまえがいない生活なんて気にかける必要が本当にあるのだろうかということだった。
引っ越したその日の夜。おれはやっぱり寂しさに耐えられず、一人の部屋でおまえの名前を呼んでみた。ちょっとしたおまじないみたいなものだ。もちろん返事なんてない。余計に虚しくなるのに、どうもやめられなかった。
こんなに部屋が広く感じられるなんて、内見じゃあ分からなかった。
楽園追放 月鮫優花 @tukisame-yuka
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