済野さんは本当に霊感がないんだろうか【KAC20242(テーマ:住宅の内見)】

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 済野さんは変わっている。


「あの物件どうだったかしら?」


 居酒屋で、料理とビールを間に挟み、済野さんは僕に尋ねてきた。

 今日は金曜日。店内はストレスを酒で流そうという、会社帰りの人々でにぎわっている。僕らがいるのは個室なんだけど、壁も扉も薄くて、つまりとても騒がしい。


「さっきも言ったけど、済野さんが事故物件に興味を持っているなんて知らなかった」


 僕は敢えて質問からズレたことを言う。

 物件の感想より済野さんの興味について話しを聞きたかった。


「そう? さっきも答えたけど後学のために一度は見てみたかっただけよ」


 済野さんは意に介すことなくことなくビールを口に含んだ。

 こくり、と白い喉が上下する。


「後学って?」

「平たく言うと好奇心、かしら」


 今日は二人とも休みだったから、いつものようにのんびりとデートをしていた。

 それが、僕に来た一本の電話で事故物件ツアーに変わってしまった。


 電話をしてきたのは僕の古い知り合いで、要件は『どうしても今日「その物件」の内見実績が欲しいから来てほしい』というものだった。そんなことがあるのかと不思議に思ったが、上の命令らしい。上の命令ならなおさら、そんなことがあるのかと僕はさらに疑念を持ったが、知り合い曰く、なぜかそんなことになったらしい。


 勿論、済野さんとのデートが最優先の僕はその頼みを断ろうとしたが、なんと済野さんが興味を示した。営業マンのあいつの声、かなり大きくてはっきりしているから電話口から離れていた済野さんにもしっかり聞こえていたらしい。


「でも、事故物件って知らなかったらどの部屋で何があったかもわからないものなのね」


 事故物件として案内された家はとても広くて綺麗だった。

 間取り図を見せてもらい、全ての部屋を案内されたけれど、何も不審なものは感じなかった。


「そうだね。僕にもわからなかったよ。霊感がある人は、気分が悪くなったり嫌な感じがしたりするらしいんだけど」


 僕には霊感がないから、そういったことは全くわからないけど。


「不思議ね。でも、同じ人間でも目の見え方、耳の聞こえ方、味や匂いの感じ方、五感の働きは人によってかなり違うから、そんなものなのかもしれないわね」

「ふうん。僕は霊感を五感と一緒くたに考えられる済野さんが不思議だよ」

「え? だってそうじゃない? 霊感だって生きるために人間に備わっている感覚でしょう」


 そういって済野さんはまっすぐな目で僕を見た。ちょっと茶化しただけのつもりだったんだけど、なんでだろう。済野さんの目が座っている。


「でも、人類の長い歴史の中で、戦争、災害、事故、事件、たくさんの悲しいことが起こっているのよね。歴史を紐解けばどんな場所にも無念の死を遂げた人がいるのかもしれないわね」

「え?」

「事故物件に限らず、霊感を持つ人には辛い場所が多いんじゃないかなって話よ」

「あ、ああ」


 済野さん、急に何を言い出すんだろう。


「だから、霊感に個人差があるのは、人間が敢えて霊感を『退化』させたからかもしれないわね」

「あー? ああ、そうかもしれないね」


 完全に置いて行かれた僕は、適当な相槌を打ってから、すっかり冷めた串焼きにかぶりついた。

 済野さんの白い喉が、また「こくり」と上下した。

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