第26話 後方攪乱

 顔良と文醜が討たれ、兵力を削られた袁紹は、危機感を覚えた。

 このままではまずい……。

 だが、まだ二十万以上の兵力があり、五万の曹操軍に勝てるはずだ。

 袁紹はようやく沮授の意見を採用する気になり、全軍を黎陽から白馬へ渡河させた。そして、大軍で曹操軍を圧迫した。

 

 曹操は野戦で袁紹と戦うのを避け、官渡城へ退却した。

 官渡城攻防戦が始まった。

 袁紹は城の周りにたくさんの土山を築き、そこから弓矢を射させた。

 曹操は投石車で対抗した。

 土山作戦がうまくいかなかったので、袁紹軍は地下道を掘って城へ迫った。

 曹操軍も地下を掘削し、迎撃した。

 官渡の戦いは長期戦となった。

 両軍とも兵糧不足に悩むようになった。


 つまらん戦いだ、と劉備は思っていた。

 まだどちらが勝つかはわからない。

 しかし、いずれが勝っても、劉備には面白味がない。

 曹操か袁紹が覇権に近づくだけ。

 おれはどうしたいのか、と彼は自問した。

 官渡から離れ、自立の道を探りたい……。


 200年秋、豫洲汝南郡で劉辟が曹操に対する反乱を起こした。

 その情報を知り、劉備は「これだ!」と思った。

 袁紹に会いに行った。


「袁紹殿、提案があります」と劉備は言った。

 戦況がかんばしくなく、袁紹はどことなく不機嫌だった。

「なんだ、言ってみよ」

「汝南郡で反乱が起こっています。私に一万の兵を与えてください。汝南へ行き、反乱勢力と共同して、曹操軍の後方攪乱をします。豫洲には曹操の本拠地、許都があります。彼は官渡で落ち着いて戦うことができなくなるでしょう」

 袁紹は、悪くない、と思った。

 豫洲が乱れれば、曹操は退却するかもしれない。すると、官渡城を奪うことができる。

 だが、袁紹は吝嗇だった。劉備に一万も兵を渡したくない。

「五千の兵を授けよう。それで後方攪乱作戦を実行せよ」

 劉備は内心で笑った。

 一万はふっかけただけ。五千も兵をもらえれば、充分だった。

 消耗戦しかない官渡から離れ、のびのびと戦いたい。

「必ず袁紹殿の助けとなるよう、豫洲であばれます」


 劉備は趙雲、簡雍、孫乾と五千の兵を率いて、官渡から汝南へ移動した。

 彼の動向を知り、関羽、張飛、麋竺、糜芳も汝南へやってきた。関羽は麋夫人と甘夫人をともなっていた。

 皆、再会を喜び合った。

「苦労をかけたが、またここで会うことができた。心からうれしく思う」

 劉備は涙を流しながら言った。

 主の涙を見て、部下たちも泣いた。劉備主従には熱い絆があり、心の交流があった。


 劉備軍は後方攪乱作戦を始めることにした。

 劉備はまず、劉辟と会見した。彼は黄巾賊の残党である。

「わしは曹操だの袁紹だのといった偉ぶったやつらが大嫌いなんだ。なにもかもぶち壊してやりてえ」

 劉辟は気性の荒い男だった。劉備は調子を合わせた。

「おれもあんなやつらは嫌いだ。許都まで行って、首都をぶち壊したいと思っている」

「おう。じゃあ一緒にやるか?」

 劉備は独立していたかった。賊軍と合同するつもりはなかった。

「お互い、好きなようにやろう。どちらが先に許都を占領するか、競争だ」

「よかろう。では、許都で会おう」


 劉備軍と劉辟軍は別々に戦った。汝南郡を荒らし回った。

 劉備軍には関羽、張飛、趙雲がいて、向かうところ敵なしだった。汝南郡から潁川郡に進出した。そこには許都がある。

 許都には後漢皇帝の御所があり、曹操はなんとしてでも守らなければならない。


 曹仁が官渡から許都に戻り、迎撃軍を編成した。

 彼は曹操から別動隊を任されることが多い。名将である。

 曹仁軍は一万の兵力で、劉備軍と劉辟軍を食い止めた。

「なかなか手ごわいな」と劉備はつぶやいた。

 まあいい、と彼は思っていた。本気で許都を占領するつもりはない。そんなことをすれば、曹操を完全に怒らせてしまう。

 いまはまだ適当にやっていればいい。生き残れれば、御の字だ。


 官渡では袁紹が、あとひと押しで勝利できるというところまで曹操を追いつめていた。

 曹操は一時、許都へ退却することを考えた。首都にいる荀彧が、粘りなさいませ、と手紙を書いた。夏侯淵が兵糧を官渡に送りつづけた。

 彼らに励まされ、曹操はなんとか継戦した。


 袁紹軍の食糧基地が烏巣にあるという情報を得たことが、転機となった。

 曹操は自ら兵を引き連れて、烏巣を奇襲し、食糧庫を焼き払った。

 食糧難となり、袁紹は戦争をつづけるのが困難になった。彼は鄴に退くことを決めた。曹操の粘り勝ち。


 曹操軍は退却する袁紹軍を襲い、八万人の兵を殺した。

 官渡の戦いは、曹操の大勝利に終わった。

 この勝利は、彼を中国の第一人者に押し上げた。

 袁紹は没落し、一年後に病死する。

 曹操は袁氏の版図を攻めつづけ、206年に冀州、青州、幽州、幷州を併呑して、八州の主となるに至る。


「やはり曹操が勝ったか」と劉備はつぶやいた。

「曹操殿は傑物です」と関羽は言った。

「あいつを倒さなければ、おれに未来はない。だが、袁紹を上回り、途方もなく大きくなってしまった。これからわれらはさらに苦難の道を歩むことになるだろう」


 劉備が予感したとおり、官渡で勝った曹操は、汝南にいる劉辟軍を攻め滅ぼし、劉備軍にも迫ってきた。

 曹操軍は大軍で、まったく勝利の見込みが立たない。

 劉備は荊州へ逃げ、劉表に頼ることにした。

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