第18話 許都へ

 劉備は小沛でのんびりしていればいいと思っていたが、彼の部下はそうではなかった。

「殿、徐州を呂布から奪い返してください」と麋竺は言った。

「しかし、呂布は強いぜ。簡単に言うなよ」

「殿には関羽殿と張飛殿がいるではありませんか。そして徐州民は、呂布より殿を支持しています。あやつを討ってくださいませ」 

 劉備は面倒くさいなあと思った。まあ麋竺の気持ちはわかるし、やるだけやってみるか……。


 彼は小沛で兵を集めた。

 呂布の軍師、陳宮がその動きに気づいた。

「殿、劉備が不穏な動きをしています。叩くべきです」

「おう。徐州を完全にわしのものにしてやろう」


 呂布軍が小沛城を奇襲した。

 劉備は対抗できず、敗走した。兵は離散した。

 劉備と彼の家臣が落ち延びた先は、豫州の許都であった。


 196年、曹操は兗州と豫州を支配している。

 長安から洛陽へ脱出しようとして、戦乱に巻き込まれた後漢の第十四代皇帝、献帝を助け、許都に迎えている。

 皇帝を擁して、曹操には日の出のような勢いがあった。

 公孫瓚を破り、華北四州を版図にしている袁紹に次ぐ勢力。


「徐州で大虐殺をした曹操に頼るなんて、反対です」

 麋竺は不満だった。

「まあそう言うな。曹操殿はなかなか有能そうだ。彼がどういう人間か、見てみようじゃないか」

 劉備は、曹操に興味を抱いていた。

 ひと筋縄ではいかない人だろう、と見ている。


 許都へ到着し、劉備は曹操と面会した。

 このとき、曹操は司空という地位についていた。監察をつかさどる高官。後漢政府の実権を握っており、事実上の宰相である。

「曹操殿、呂布に敗れ、天下に身の置きどころがありません。以前あなたとは戦ったことがあるが、恨みを忘れ、私を救ってくれませんか」

 劉備は頭を下げた。

 曹操は微笑んでいた。

「劉備殿、私はあなたに恨みなどない。それどころか、好ましい人だと思っている。義勇軍を率い、黄巾賊を討伐した。私とも堂々と戦った。正直に言おう。私はあなたを、現代の英雄だと思っているのだ」

 曹操に褒められて、劉備は逆に警戒した。馬鹿だと思わせておいた方がよい……。

「私が英雄? あはははは、真の英雄である曹操殿にそんなことを言われると、こそばゆいですなあ。いやあ、照れる照れる」

 曹操は真顔だった。

「呂布などたいしたやつではない。匹夫の勇しか持たない男だ。劉備殿の方が、人間として遥かに上。私は人材が大好きだ。あなたと手を結びたい」

 劉備は笑えなくなった。

 曹操が怖くなった。

 乱れに乱れている天下を統一するのは、この男ではないのか、という予感がした。


 劉備は曹操から屋敷を与えられた。

 麋夫人とともにそこに住んだ。

 敷地内に離れ家がいくつかあって、関羽、張飛、簡雍、麋竺、糜芳、孫乾に住まわせた。

 劉備たちは、ひとまず許都で生き延びることができた。 


 献帝が、宮殿に劉備を呼んだ。

「そなたは、中山靖王劉勝の子孫であると聞いた。まことか?」

「はい。そのように両親から伝え聞いております」

 献帝は系図を調べさせた。すると、劉備が叔父に当たることがわかった。

 劉備は、許都で劉皇叔と呼ばれるようになった。


「献帝陛下のお力になりたいですが、私は負けてばかりなのです」

 にこにことほがらかに笑う。

 おおらかな性格の劉備を、献帝は愛した。たびたび宮殿に呼び寄せた。

 劉備を鎮東将軍に任命し、宜城亭侯に封じた。

 むろんその人事は、曹司空と相談の上で行ったことであった。献帝は曹操の傀儡でしかない。


 劉備は許都で人気者になった。

 曹操の若い参謀、郭嘉は劉備になついた。居酒屋で何度も同席した。

「劉備様はさしたる武芸を持たず、深い知謀もないのに、どうして関羽様や張飛様のような豪傑を従えているのですか」

「郭嘉、おまえは遠慮なくものを言うな。どうせおれには武芸も知謀もねえよ。なんで関羽と張飛がついてきてくれるのか、おれにもわからねえ」

「あはははは、不思議ですねえ。無能な劉備様に、豪傑がふたり」

「この無礼者め、無能で悪かったな」

 劉備は自分が無能と言われても、本気では怒らない。憮然とはするが、「確かに無能なんだけどよ」などと笑いながら言ったりして、なんとも言えない愛嬌がある。

 郭嘉には、劉備の魅力がわかっていた。底知れない大器。将来、曹操様の大敵になるのはこの人だろう、と思っていた。


 現状、曹操の最大の敵は、北方の雄、袁紹である。

 袁紹と戦う前に、呂布を倒しておきたい。

「呂布を討とうと思う。劉備殿、ともに戦ってくれ」と曹操は劉備に言った。

「承知しました。微力ですが、懸命に戦います」

 曹操は五万の兵を率い、徐州へ向かった。

 劉備は関羽と張飛を連れて従軍した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る