第17話 呂布奉先

 猛獣のような呂布が、客将として領内にいる。

 ふたりの上司を裏切り、殺した前歴を持つ男。

 不安がないわけではなかったが、まあなんとかなるだろう、と劉備は思っている。

 自分を頼ってきた人を追い返すような真似はできない。

 誰にも言わないが、最悪、徐州を乗っ取られてもいいとまで考えている。

 陶謙の遺言で、転がり込んできた徐州。

 自分のようなさして能力のない人間が、州を治める地位についてよいのだろうか、という疑問がずっと脳裡にある。

 呂布に取られるようなら、それまでのこと。地位に拘泥はしないつもりだった。


 呂布奉先は、162年に幷州五原郡で生まれた。

 中国の北の果て。モンゴルと国境を接している。

 北方異民族の侵入に怯えながら暮らす土地だった。


 呂布は少年の頃から自警団に入り、故郷を守った。

 人並みはずれて膂力が強く、馬のあつかいも巧みで、すぐに自警団の中で目立つ存在となった。

 彼が率いる隊は、異民族を必ず撃退した。

 呂布は北方騎馬民族に怖れられるようになった。


 幷州刺史の丁原が評判を聞いて、呂布を招き、護衛役にした。

 洛陽へも連れていった。

 呂布は野心が大きい。大勢の部下を持ち、大きな戦いをして、自分の武力を世に知らしめたいと思っている。

 いつまでも護衛役にしている丁原に対して、不満を持つようになった。主人を守っているだけではつまらない。

 その不満を董卓に利用された。呂布は丁原を殺害した。

 そして、董卓に仕えた。新たな主は兵と戦いの場を与えてくれたが、呂布は人の下で我慢できるような性格ではなかった。

 首都で実権を持ち、暴虐な政治をする董卓を排除しようとした王允にそそのかされて、暗殺の実行役となった。

 

 その後、董卓の部下、李傕と郭汜との戦いに敗れ、呂布は首都から追い払われた。

 放浪の将となっていたときに曹操の部下、陳宮から声をかけられ、反逆計画の首領にかつがれた。

 一時は兗州牧の地位についたが、曹操との抗争で敗北。

 そして、劉備を頼って徐州へ落ち延びてきたのである。


「呂布殿、小沛の居心地はどうですか」

 あるとき、劉備は呂布にたずねた。

「悪くはないですね」

 呂布はむすっと答えた。

 ああ、こいつは不満の塊のような男だな、と劉備は思った。

 呂布とは正反対で、劉備には人を支配したいとか、出世したいとかいう欲望は少ない。

 戦乱で苦しむ民衆を救いたいだけ。

 こいつの武力で徐州が守れるなら、くれてやってもいい、と思った。


 195年、揚州北部に勢力を持つ袁術が、徐州に侵攻してきた。

 迎撃し、州を守らなくてはならない。

 劉備は下邳城の守備を張飛に任せて、出撃することにした。


「呂布に注意しろ」と劉備は義弟に言った。

「もし反逆するようなら、殺してやります」

「あまり気負うな。内乱で徐州民を傷つけたくない。呂布と死闘などするな。場合によっては、城を明け渡してもいい」

 張飛の肩の力が抜けた。

「兄貴がそう言うなら」


 劉備軍は州境で袁術軍と戦った。

 両軍の兵力は拮抗していて、一進一退した。なかなか決着がつかない。

 袁術は外交で打開しようとした。呂布に目をつけた。

「兵糧二十万石を与えるから、劉備を裏切ってくれ」という内容の手紙を出した。

 裏切りは呂布の得意技である。

「やってやるか。徐州の主になって、天下を狙おう」

 呂布は下邳城を火のように激しく攻めた。

 張飛は粘らず、夜陰にまぎれて脱出し、劉備と合流した。


 下邳城から逃れてきた張飛は、「呂布が裏切りました」と報告した。

 その言葉を聞いて、劉備はやっぱりな、と思っただけだった。

 関羽に袁術軍との戦いを任せ、劉備は下邳城へ急行し、呂布と交渉した。


「徐州牧の地位はお譲りする。そのかわり、この州を守ってほしい。袁術と戦ってください」

「わかった」と呂布は言った。

「袁術との戦いは、わしがあなたにかわって行おう。劉備殿は小沛城で待っていればいい」


 劉備軍は小沛城に入った。

 呂布軍は袁術軍を強襲し、揚州へ撤退させた。


 小沛の城主か。気楽でいい。

 劉備はゆったりとかまえた。

「殿は欲がねえなあ。それはよいところなんだが、人の上に立つ者としては欠点でもあるぜ。おれたちは、殿に大きくなってもらいたいんだ」と簡雍は言った。

「裏切りをくり返す呂布は、いつか転落する。その機を待てばいい」

 劉備は鷹揚としていた。 

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