第15話 郯城の戦い

 曹操は徐州北部の琅邪国で大虐殺を行った。

 街は放置された死体であふれている。

 兵士より民間人の遺体の方が遥かに多い。

 父が殺された復讐とはいえ、許されざる蛮行である。

 南下し、東海郡へ侵攻しようとしている。

 

 劉備は陶謙から、曹操軍を迎撃するよう頼まれた。

 関羽、張飛、簡雍、麋竺に、麋竺の弟糜芳、友人孫乾を加えて軍議を開いた。

「曹操は五万の大軍で、徐州軍はわずか二万だ。どう戦うべきか」

 劉備は諸将にたずねた。


「郯城が東海郡でもっとも堅い城です。そこで籠城し、迎え撃つべきでしょう」

 麋竺が地図を広げながら言った。

「曹操軍は郯城へやってくると思うか?」

「それはわかりません」

「籠城は堅実な防衛手段だ。しかし、曹操軍は住民を虐殺しながら進んでいる。郯城にかまわず、他の地で殺戮されたら困る。我々は野戦をもいとわず、曹操軍を撃退しなければならん」

 劉備は地図に目を落としながら、首を振った。

 麋竺は、民を想う劉備の心に感動した。


「曹操は琅邪国即丘から東海郡に入ると思われます。郯城は即丘の南にあります。そこで待ちかまえるのは、悪くありません」

 情報通の孫乾が言った。

「では、急いで郯城へ行こう。曹操軍が城攻めをしたら、籠城しよう。もし通過するようなら、撃って出る」

「劉備兄貴、こういう作戦はどうです?」

 張飛が思いついた戦術を話した。

「おまえはなかなか賢いな。やってみるか」

 劉備はその作戦を採用することにした。張飛は不敵に笑った。


 曹操軍は即丘でも虐殺した。

 従軍している曹仁、夏侯淵、郭嘉らは内心では住民殺戮に反対なのだが、曹操の怒りが大きすぎて、諫言することができない。

 東海郡に入り、郯城に徐州軍が集結しているという情報を入手した。

「郯城などひと揉みで落としてしまえ」と曹操は言った。

「堅城だと聞いています。迂回すべきではないでしょうか」と郭嘉は提言した。

「郯城の徐州軍をつぶしてしまえば、陶謙のいる下邳城まで、敵はいないも同然だ。郯城を叩く。敵を皆殺しにしてやる」

 曹操は理性的な人物だが、このときは父を殺された恨みで、狂気を帯びていた。


 曹操軍は東海郡へ侵入し、目についた住民を殺し、家を焼きながら南下した。

 郯城に到着。

 包囲し、攻撃したが、確かに堅城で簡単には陥落しそうになかった。


 夜になって、伏兵が曹操軍を襲った。

 野に隠れていた張飛隊の攻撃。

 タイミングを合わせて、城からも兵が押し寄せてきた。

 連日の殺戮と行軍で疲れていた曹操軍は、いくらか損害をこうむった。

 しかし、曹操は戦いとなると冷静で、敵兵をはねのけた。

 徐州軍は城に撤退した。


「さすが曹操。崩せませんでした」

 張飛は悔しがった。

「おまえはよくやった。多少は敵を減らせたさ」

「曹操軍はこの郯城に張りつきました。ここに引きつけておけば、他で虐殺が起こることはありません。兄貴、じっくりと戦いましょう」

 曹操軍を郯城の前にとどめ、他へ行かせないことこそ、張飛の狙いだった。

「おう。琅邪国の民の恨み、ここで晴らしてやろう」


 劉備軍と曹操軍は、郯城で攻防戦を行った。

 徐州の兵はよく戦い、曹操に隙を見せなかった。

「長期戦で曹操軍を弱らせてやろう」

 劉備は城兵を励ました。


 ある朝、劉備が城壁から外を見ると、曹操軍が消えていた。

 包囲していた敵軍が、跡形もなくいなくなっている。

「どういうことだ。なにが起こった?」

 劉備は驚き、首をかしげた。

 麋竺と孫乾が情報収集に当たった。


「どうやら兗州で反逆が起こったようです。曹操の参謀のひとり陳宮が、呂布を引き込んで、兗州を乗っ取りました。曹操軍と呂布軍の戦いが勃発しています」

 孫乾が曹操軍撤退の理由を探り当てて、劉備に報告した。

「そうか。徐州はひとまず救われたな」

 劉備は深く息を吐いた。

「この機を逃してはならん。徐州軍を立て直し、琅邪国の復興を行おう。おれは半数の兵を率いて琅邪国へ行く。麋竺、おまえは残りの半数を連れて下邳へ戻り、陶謙殿とこれからのことを話し合え」

 麋竺は頼もしそうに劉備を仰ぎ見た。

「劉備様の仰せのままに」

 徐州の豪商は、すっかり劉備に魅せられていた。

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