第4話 関羽雲長

 劉備と張飛が出会ったのは、176年。

 ふたりは仲よくなった後、護衛の仕事をするようになった。

 金持ちの旅に同行し、泥棒から守る。

 馬商人の牧場で見張りをしたり、馬の移動中の警備をしたりする。

 必要に応じて、劉備は簡雍ら仲間を呼び集めて、馬を賊から守った。


 なかなかよい仕事ぶりだった。

 劉備の物腰は柔らかく、なんとも言えないあたたかみがあった。彼は多くの人の信頼を得た。

 張飛は子どもながら、恐るべき武力を発揮し、賊を軽々と斬った。

 馬商人の張世平は、「劉備は只者じゃない」と思うようになった。


 178年の春、いくつもの居酒屋を経営している蘇双が、劉備の家に駆け込んできた。

「劉備くん、大男の酔っ払いが、うちの店で暴れている。つまみ出してくれないか」

 ちょうど家に張飛がいた。

 ふたりは蘇双の案内で、居酒屋へ行った。


 店の中に、赤ら顔の大男がいた。長く艶のある顎鬚をはやしているが、まだ若い。

 背は張飛より高い。年の頃は、劉備と張飛の中間くらいに見えた。

 彼の周りには、気絶した数人の男たちがいた。


 劉備は臆せず、大男の対面に座った。

「乱暴をしないでくれないか」

「よそ者は出ていけと絡まれたから、相手をしてやっただけだ」

「見ない顔だね。どこから来た?」

 大男は、じろりと劉備を見た。

「この店は出身地を言わないと、酒も飲めないのか」 


 大男の名は、関羽雲長。司隷河東郡解県の生まれで、劉備より二歳年下である。

 悪徳塩商人を成敗し、故郷にいられなくなって、涿郡へ流れてきた。

 

「じゃあ、たずねないよ」と劉備は言って、微笑んだ。

 彼は関羽を見て、鬱屈を抱えていると見抜いた。

「ここに張飛という腕自慢の男がいる。木刀で試合をしてみないか?」

「なんのために?」

「ただの余興さ。あるいは気晴らし。きみ、気鬱そうだから」

 関羽は顔を上げ、劉備の背後にいる張飛を見た。

「まだ子どもじゃないか」

「少年だが、涿県で一番強いとおれは思っている。おっと、申し遅れたが、おれの名は劉備玄徳。きみの名を教えてくれないか。それとも名乗ることもできないか?」

 関羽はきっ、と劉備を睨んだ。

「恥じるところはなにもない。私は関羽雲長。正義を愛する男だ」


 店の外に出て、関羽と張飛は木刀を持って対峙した。

 張飛の武勇は、このあたりでは有名である。すぐに見物人が山と押しかけてきた。

 

 関羽は、すぐに張飛の技量が並みではないことに気づいた。自然に構えているだけだが、剣先から半端ではない威力がにじみ出ている。

 張飛も、目の前にいる男が、いままで出会ったことがないほどの力を秘めているとわかった。オーラがある。睨み合っているだけで、額から汗が流れ出した。

 劉備は興味津々でふたりを見守っていた。

 すでに関羽がすごい男だとわかっていて、護衛の仕事の仲間に引き入れたいと思っている。


 張飛が、関羽に挑みかかった。

 木刀は軽く打ち払われた。

 張飛が攻めつづけ、関羽は守りつづけた。

「素質はある。しかし、まだまだだ」

「ぬかせ!」

 張飛は足を使って、関羽の背後に回り込みながら、攻撃した。

「ぬうっ、すばしっこい」

 関羽が攻めに転じ、木刀を思いっきり振ると、張飛の木刀が宙に飛んだ。勝負あり。


「すげえな、関羽さん。おれの家で奢ろう。安酒しか出せないがな」

 劉備がすかさず、対決していたふたりの間に入り込んで言った。

 にこにこと笑っている。

 つられて、関羽も笑った。

「では、ごちそうになりましょう」

 負けた張飛だけが、仏頂面をしていた。


 数刻後、三人は意気投合していた。

「私は役人と結託して荒稼ぎしている塩商人が許せなかったのです。口論になり、相手が用心棒に剣を抜かせたから、ふたりとも斬ってしまいました」

 関羽の故郷には塩湖があり、塩商人が大勢いる。その中にかなりの悪も混ざっていた。

「関羽さんの剣は、正義かい?」

「いや、殺すことはありませんでした。反省しています」

「いいねえ、関羽さん。悪徳商人を殺したのは、正義の心がゆき過ぎたせいだろう。人の心があるから、反省もする。おれはそういう男が仕事仲間にほしい」

「仕事とは?」

「張飛と一緒に、護衛の仕事をしている。しかし、いずれはもっと大仕事をする。世直しだ。腐った役人や商人が跋扈するこの世をきれいに掃除するのさ」

 後漢末期、汚職が横行し、天下は乱れに乱れていた。

 劉備の目は澄んでいた。その言葉は、雷のように関羽の心を打った。


「劉備さん、仕事仲間と言わず、私と義兄弟になってくれませんか」

「おい、髭男、劉備兄貴と義兄弟になるってことは、おいらともなるってことだぜ」

「三人で、義兄弟になるか」

「ぜひともお願いします、劉備兄者。ついでに張飛も」

「ついでとはなんだ!」

「剣の稽古をつけてやろう」

「えっ? それは楽しみ! 頼むよ、関羽兄貴」

 張飛はうれしかった。関羽ほどの剛の者に稽古をしてもらえれば、もっと強くなれるだろう。


 三人は同時に杯を干した。

 劉備、関羽、張飛は義兄弟になった。

 桃の花が咲く季節のことだった。 

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