第2話 盧植子幹
劉備の家は貧しかったが、母は息子に勉強をさせようとした。
金銭的に余裕のある親戚の劉元起に相談した。
「玄徳に学問をさせたいのです」
「あいつにはおおらかなところがある。将来なにごとかをなすかもしれん。おれが学資を出してやるよ」
劉元起は快くお金を出してくれた。
劉備は15歳のとき、儒学者の盧植の門を叩いた。
盧植子幹は劉備と同郷。二十歳ほど年上だった。
すぐれた学者であるだけでなく、武にも才能があった。後に北中郎将となり、黄巾の乱で功績をあげる。
涿県にこのような人がいたことは、劉備にとって好運であった。
劉備は盧植に対面した。
「先生、よろしくお願いします」
盧植は新弟子を見て驚いた。
身長は七尺五寸とふつうだが、異相を持っていた。
目がきらきらとして異様に大きい。耳も尋常でないほど大きく、耳たぶが長く垂れていた。
貧乏なのか、気の毒なほど痩せていて、手足がひょろりと長い。
それなのに朝日のように明るい表情で、にこにこと笑っている。
盧植は大乱の時代が来ることを予感していた。
この男は時代の主役のひとりになるのではないか、と直感的に思った。
「劉備くんと言ったな」
「はい、劉備玄徳と申します」
「勉学に励みなさい。本は真理を教えてくれる」
「ありがとうございます。がんばります」
にっこりと勉励することを宣言した。
けれど、劉備は講義のとき、ぼんやりとして宙を眺めるばかりだった。
終わると、公孫瓚や牽招などと遊びに行く。
劉備と公孫瓚たちは非常に仲がよかった。
彼らを見て、刎頸の交わりのようだ、と盧植は思った。
学友と遊ぶのは悪いことではない。だが、もう少し勉強もしてほしいものだ……。
公孫瓚は後に奮武将軍となり、河北で大勢力を持つようになる。
牽招は袁紹や曹操などに仕え、長く武将として活躍する。
盧植は劉備を呼び出した。
「劉備くん、きみの勉強の態度はよいとは言えない」
そう叱られて、劉備はしゅんとした。
「すみません。むずかしくて、よくわからないのです」
「学問をやめるかね?」
「やめたくないです。先生の声が好きなのです。お声を聞いていると、鳥のさえずりのようだと思ってしまいます」
盧植は苦笑した。講義が鳥のさえずりと言われて、喜ぶ学者はいない。しかし、劉備に言われると、不思議と悪い気はしなかった。
放置することにした。
好きなようにしていればいい。
この子の人生とかかわれるだけでしあわせだ。
そんなふうに思わせる雰囲気が、劉備にはあった。
その明るい性格に惹かれて、公孫瓚たちは彼とつきあっているようだった。仲間がたくさんいる。彼といると、元気になれる。
盧植は劉備を弟子として愛した。
劉備が門下に入って一年後、盧植は後漢朝廷から首都洛陽へ来るよう命じられた。
涿県の塾は閉鎖せざるを得なかった。
優秀な学者である彼を、政府は放っておかなかった。議郎に任じられ、皇帝に意見を述べるようになった。
劉備が学問をしたのは、その一年間だけだった。
勉強をしたとは言えないかもしれない。講義中、ほとんど宙を見ていただけである。
しかし、盧植や公孫瓚と知り合ったことは、彼の人生を大きく変えていくことになる。
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