第18話 筆頭魔術士の日常 オニール視点
クレアたんに会いたい。
もう、四日と十五時間も会ってない。
クレアたん不足で死ぬかもしれない。
交際を始めて一時間おきに魔鳩を送りたいのを、「多すぎると嫌われる。せめて、朝、昼、晩にしろ」ロジャーから言われ、しぶしぶその通りに送っていた。
クレアたんが何処にいて、何をして、誰といるのか気になる。恋人になって幸せなのに、彼女の事を思うと不安や失う恐怖が増えた。
ああ。今何してるのだろう。
クレアたんからの愛の返信が届くとその手紙からクレアたんの匂いがして、幸せで一杯になる。
何度もクレアたんからの手紙を読み返し週末はデートをしようと返事を書こうとしていたら、朝一番に事務長が急な出張があると言ってきた。
最悪だ。
「すみません。陛下からの命でして・・・」
怒りでドアを凍らせていき、どこまで凍らせようかと事務長の足元迄氷を伸ばしていく。
「は?だから?なんでそれを、
「あ、あの。昨夜の会議で、パディントン公爵様がホングリー辺境伯領にいるご子息をオニール隊長に鍛えて欲しいと陛下に懇願されたようで」
「で?」
「陛下は甥っ子の願いならばと、辺境伯領の会議にオニール様を行かせようと言われて」
「で?」
「ホングリー辺境伯領では合同訓練の予定が組まれていますので、そこでご子息を鍛える事が出来るのでは、と」
「と?」
「昨夜の会議に出席していた大隊長が、「オニールの出張の変更は急すぎるので、次回に」と言われたそうなんですが」
「が?」
「しかし陛下が「今は緊急案件も無いだろう、筆頭魔術士がついでに向こうの視察もすれば一石二鳥」と」
「っは」
「パディントン公爵も、受けて頂ければ魔術局にいつもより多く寄付をさせて頂きたいと言われてまして、延期をしていた魔術士の宿舎の建て直しの目途もつきそうでして、魔術大臣も今回の出張をオニール様にと・・・」
「ははは、私は金で売られるのか。いくらだ?安く見られたモノだ」
私はドアと同時に窓も凍らせ、事務長の周りに氷の結晶をヒラヒラと降らせた。事務長は寒いのか小さく震えだしている。
クレアたんが喜んでくれるだろうかと、綺麗な結晶を出す氷魔法を練習しているが、これは使えそうだな。
「誠に!誠に、お忙しい事は重々承知なのですが。どうか、どうか宜しくお願いします。魔術局は常に金欠でして。オニール様のおかげでどうにか維持が出来ている状態です!」
「知るか」
私は杖を振り、氷を消すとドアを指さして出て行くように杖を振ってドアを開けた。
「私のおかげ?私がいないと魔術局は潰れる?私がいなくてもどうにかするのが裏方の仕事だろう?私の仕事は金集めなのか?私は筆頭魔術士で、筆頭集金士ではない」
「ごもっともです!しかしながらそこをなんとか!陛下には大隊長も、王妃様も苦言を入れております。魔術大臣も今後の魔術士や治療士の待遇改善も約束されていまして!王妃様もオニール様の多忙をご心配されていました!何かオニール様の力になれないかとも言われていました!」
「ん?王妃様が?」
「は?はい!王妃様です!魔術大臣もです!何かお力になれないかと!!」
「ほお。王妃様に、待遇改善か」
王妃様は亡き母とは親友で私の事も気にかけてくれていた。私が一人なのを気にしていたようだから、クレアたんを紹介すると喜ばれるかもしれないな。今後、クレアたんが困った時の後ろ盾になって貰うか。女性が好きな物も色々知っているだろう。
「期間は?いつからいつまでだ」
「ホングリー辺境伯領へ来週の頭から来週末迄です!二日目に辺境伯領周辺の領主との会議も開かれ、そこに参加されて欲しいとの事。三日目に公爵子息を含む騎士、魔術士達に訓練が組まれています。同日、辺境伯軍団隊長との模擬試合もお願いされていました。四日目以降に魔物の活性化がないかの確認をお願いしたいのですが」
「多くないか?見返りはあるんだな?」
「はい!そこは大隊長も魔術大臣も王妃様も納得されています!」
「念書を書け。皆がサインするなら、行く。陛下からもサインを貰って来い」
「は!直ちに!!」
「反故した場合、魔術士を辞める」
「は!」
バタバタと事務長が出て行き、その後暫くして魔鳩が念書を運んで来た。
まあ、悪くはないか。どうせ行かなければならない出張が早まっただけだろう。ダラダラとスケジュールを組まれ、何回も行くよりはマシか。
王妃様には流行の化粧品やドレスを教えて頂こう。大隊長には軍団隊員を辞めた女性隊員を紹介して貰うか。クレアたんと生活する上でメイド以外に女性の警備員が必要になる。本当は全て私が守りたいが、女性でしか入り辛い場所もある。致し方ない。魔術大臣には今からハネムーン休暇を一ヵ月貰える段取りをつけておくのも悪くない。
一ヵ月。
クレアたんと二人きり。
クレアたんを部屋から出さないようしよう。ブレスレットを買おう。それをお互いに嵌めて鎖で繋ごう。ああ。いいな。
早く家を探さねば。
私はすぐにクレアたんに出張がある事を魔鳩で伝えた。
暫く会えないが何かあったらすぐに教えて欲しい事、何かあったらすぐに帰ってくること、魔鳩は毎日飛ばす事を書くと返事はすぐに来た。
優しいクレアたんは、「お仕事頑張って下さい。無理はしないで下さいね。ディラン様は飴玉はお好きですか?美味しいキャンディーショップが事務所の近くに出来たので、ディラン様に贈りますね」という手紙と共に、ハニーレモンと書かれた可愛い瓶に入った飴玉が届いた。
「クレアたん。なんて優しいんだ」
飴玉の瓶を開けようかどうかを一時間程悩み、永久保存したいと思いながらも美味しいかどうかの感想を聞かれたら困る事を考え、一粒食べた。
「クレアたん・・・」
この飴玉をクレアたんも食べたのか?違う場所にいても同じ物を口にするのはなんと素晴らしい事だろう。
私は急いで、クレアたんが贈ってくれたキャンディーショップに手紙を送り、全種類の飴玉を購入し、屋敷に送るようにした。
「クレアたんはレモンが好きなのか。あ。クレアたんの眼の色はレモン色だな。髪の色はもう少し暗いか。クレアたんはレモンティーのようだな」
毎日一粒、飴玉を口に入れながらクレアたんの手紙を読み返していると、あっという間に日は過ぎて行き、ホングリー辺境伯領へと飛んだ。
緊急時には転移陣を使って王都に帰る許可も貰った。
まあ、嫌だといったら王城を破壊して、クレアたんと一緒に何処か二人きりの所へ行けばいいと思っていたら、大隊長が非常時転移陣使用許可証を送ってきた。
出張中は馬鹿な貴族の馬鹿話を聞き、アホな魔術士同士のアホ話を聞き、希望者と手合わせをしていき、公爵の息子にも付き合い、脳筋の軍団隊長とも試合をすることになり、面倒になって氷の檻を作って串刺しにして終わらせようとしたら、腐っても隊長だったらしく檻を破壊して氷の槍を飛び越えてきたので氷の盾で激突させた。
ストレスは発散出来たので良しとしていたら、起き上がった隊長がなれなれしく話し掛けてきた。
「流石、オニール殿。素晴らしい魔術ですね。懐に入れば私にも勝機があるかと思いましたが、そこまでが難しい。私も弓の練習をしてみるか。明日の見回りは私も同行して宜しいでしょうか?」
「好きにするといい」
「では、ご一緒しましょう。それにしてもオニール様は表情が柔らかくなりましたね。何か良い事でも?」
「ほう」
周りが凍り付くのが分かったが、私はコイツを見直す事にした。
「分かるのか。私の帰りを王都で待つ人が出来た」
「おお。それは目出度い。恋人にお土産を考えているのなら、最近出来た焼き菓子店がいいですよ。若い女性に人気です」
「ふむ。名前と住所を教えて頂きたい」
「ええ。人気なので、予約をしておくといいでしょう。私がしましょうか?妻の知り合いが勤めているのですぐに予約出来ますよ」
「頼む。人気の物を一通り購入したい」
今までで一番喋ったのではなかろうか。だが、今迄で一番有意義な会話で会ったのは間違いない。ざわつく周囲の様子も気にならず、私は焼き菓子の説明を受けた。
恋人の事を聞きたそうな隊長だったが、クレアたんの愛おしさを説明すると日が暮れてしまうし、彼女が可愛いと知るのは私だけでいいので詳しい事は言わなかった。
出張が終わり、私は焼き菓子の詰め合わせを購入すると急いで王都へと戻る事にした。
クレアたんは喜んでくれるかな。
私が突然家を訪ねたら驚くだろうか。ああ、お土産を渡すのはやはり玄関先だろう。もう、遅いし、部屋に上がるのは失礼だ。
だが、もしかすると、「クレア嬢、会いたかった」「ディラン様。おかえりなさい。私も会いたかった」「ああ。お土産を持ってきた」「嬉しい。一緒に食べましょう?」という、事になって、「ディラン様、あーん」「ははは。その焼き菓子は大きいな」「じゃあ、半分こしましょ?ディラン様、食べさせて?」と言う事になるかもしれない。
よし。早くお土産を持っていこう。うん、焼き菓子を勧めた隊長とはまた話をしよう。
私がふっと笑って転移陣に乗ると、横にいた魔術士がビクッとしたが、気にしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます