第6話 食事の相手は所長ではなかったのね
長い黒髪を一つに編み込んだ背の高い男の人が目の前にいた。
その人から、「バーキントン嬢」と呼ばれ私は慌てて頷いた。
「大丈夫です。ええっと・・・」
「筆頭魔術士のディラン・オニールだ。突然の魔法で驚いたか?遅くなって申し訳ない」
「?」
「バーキントン嬢、大分待ったようだな」
「え、ええ?」
「今日はブレスコにディナーの予約を取っている」
ブレスコ!!一年先迄予約で一杯で、ランチも私が普段食べいる日替わりランチセットの十倍の値段は軽くするという・・・。
私が思わず頷きそうになった所で、事務所の二階の窓から手を振っている人が目に入った。
所長だ。
一階の窓は人垣で見えないと思っていたら、所長も二階に移動して同僚達と手を振っていた。
私が首を伸ばすと所長が手を大きく降っている。手を色々振って、自分を指さして、×を作り、目の前の背の高い男の人を指さして口をパクパクしてご飯を食べる仕草をして、親指を立ててにっこりとしている。
あ。ひょっとして、今の所長の仕草は、「俺、都合悪い。飯、そこの男と行ってくれ。いいよな?イエーイ」って感じかしら。
私が首を傾げて、所長を指さして、×を作り、目の前の男の人を指さすと、所長や、同僚は皆大きく丸を両腕を高く上げて作っていた。
成程。
私はこちらを見ている、背の高い男の人を見上げて訊ねた。
「オニール様は所長のお知り合いで?今日のこれからの食事は所長では無くてオニール様ですね?」
「・・・あの男は何も言ってなかったのか。バーキントン嬢、すみません」
「はい。今、所長のボディーランゲージでなんとなく分かりました」
私が、そうか、そうかと、頷こうとすると、「「ちょっと待って!!」」と声が掛かった。
私は気づいていたけど、こそっとここから逃げようと思っていた。
オニール様は本当に二人の事を忘れていたみたいで呼び止められて少し驚いた顔で見て立ち止まった。
「何か?彼女は私とこれから出かけるのだが。用件を早く済ませてくれ」
「え、いやあの、筆頭魔術士のオニール様がクレアと?」
「問題が?今日はバーキントン嬢と私の初デートだ」
「「「え゙」」」
あ、今は三人の声が重なった。
オニール様は真面目な顔で頷かれているけれど、私、これから初デートなの?
男女で二人きりでお出かけ。これを広くデートと呼ぶ。と、言う事ならまあデートと言ったらデートか。いやいやいや、それはない。交際している男女で、が前につくだろう。よって、これは否。デートではない。
初めて会う男女が高いレストランで食事・・・。あ、所長はオニール様を紹介したかったって事?
まあ、そう言う事なら、人によってはデートと言ったりするかな。
エマだったら言いそうだ。友達同士のご飯でも、私に「クレア、来週デートしましょう」なんて言うから。
私はああ、そう言う事か、と納得していると、三人は私抜きで話をしていた。
「君はもう別れたんだろう?邪魔をしないで貰いたい」
「え?オニール様が?どうして?」
「ねえ、オリバー!筆頭魔術士って凄い人でしょ?なんでクレアなんかとデートするの?」
オリバーも面倒だし、ジュリアの相手もしたくない、筆頭魔術士の方で所長の知り合いなら悪い人ではないだろう。よって、
・オリバーと話し合い
・ジュリアとオリバーと話し合い
・走って逃げる
・オニール様と逃げる(ブレスコでの食事つき、しかも奢り)→大事
この選択の中なら「オニール様と逃げる(ブレスコでの食事つき、しかも奢り)」を選択するのが正しい選択だと思う。
話し合いをした所で、話し合いになるかも分からない。オリバーは話を聞いてないし、無理やりまた抱きしめられるなんて嫌だ。ジュリアがいても一緒だし、走って逃げても、オリバーに捕まってしまう。
考えを整理し、私はオニール様の言葉に頷いた。
「そうよ。今日はオニール様と出かけるの。だから、二人とももういいかしら」
「え?クレアは俺のプロポーズを了承してくれるんじゃないのか?」
ガーンという効果音が聞こえて来そうな顔でオリバーがこちらを見た。
あ、プロポーズがされたのはなかった事に出来ないのね。
「オリバー、ごめんなさい。プロポーズは受けれないし、恋人同士に戻る事も無いわ」
「そ、そんな。あ!ひょっとして、クレア浮気してたのか?だから急に別れるなんて・・・・」
「違うわ。浮気はしてない。オニール様とは今、初めて出会ったの。所長の紹介よ」
オニール様も頷く。
「彼女は不誠実な事はしていない。私から今日の食事を頼んだのだ。もういいだろうか?」
凄く驚いた顔でオリバーは私を見るが、何処が意外なのか教えて欲しい。
「ね、オリバー、もう帰りましょう・・・。私達も、何処かで食事をして帰りましょう?」
ジュリアの方が立ち直りが早い。そうだそうだ、帰れ帰れ、と心で思いながらジュリアの言葉に頷いた。
オリバーは、ジュリアの差し出した手を払うと、よろよろと帰っていった。ジュリアは最後に私を睨みつけて、「待って!オリバー!」と言って後を追った。
二人がいなくなると人垣も無くなり、私が事務所を見ると手を振ってる所長だけが見えた。
ふう、一件落着かしら?
私がよかった、よかった、と思っているとオニール様が私の横に立った。
「では、行こう。待たせて申し訳なかった。今日は遠方の帰りで一旦家に戻ろうかと魔術局で準備をしていると、緊急の魔鳩がロジャーから届いて驚いた。ロジャーは、貴女の所の所長だ。それにしても急いで駆け付けて良かった。ローブのままで申し訳ないが」
「それを言うなら私も仕事帰りですし。あの、助けて頂いて有難うございました。ブレスコはこの格好でも入店出来るのですかね?」
「今日は大丈夫だ。入口もお忍び用の入り口がありそこから入店する。誰にも気兼ねする事はない」
「うわあ。凄いですね・・・」
「オーナーが知り合いで特別に予約を入れて貰ったので、周りは気にしなくていい。毎週ブレスコに予約を入れるのは無理だが、来週はランチなら予約が出来ると言われた。如何だろうか?」
「え!ランチも!?」
「良ければ来週の予定を聞かせて欲しい。特別なデザートもあるそうだ」
「特別なデザート・・・」
何だと・・・。なんだ、特別って・・・。あの、色々なデザートがお皿に少しずつ載っている物なのか・・・。エマが言っていた、綺麗な飴細工が乗ったケーキなのか・・・。所長が娘さんに買うって言っていた、季節のアイスクリームなのか・・・。
私はぽわぽわと頷きながら連れて行かれるまま、「どうぞ、手を」と言われ、オニール様の魔動車に乗り、ブレスコにむかった。
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