第4話 ちょっとじゃなかった 

 所長はいい人だけど、相談する相手じゃない気がする。


 その後、さらに所長に趣味やらを聞かれて答えていった。



「溜息をつくな。よし分かった。趣味は美味い物を食べる事、か。色気が無いな。なんだ、その手紙は?ああ、さっき言ってたもう一度出す別れの手紙か。俺からも一文添えてやろう。元恋人が職場に来ることは止めて欲しいって感じで書くか。業務に差し支えるって書けばいいだろう?ちょっと待ってろ。おーい、ちょっと、お前らもここにサインしてくれ。クレアがオリバーと別れたんだよ。オリバーがまだ来るかも知れないからお前らも、ここにくんなって書いてくれ」



 お昼ご飯の後で皆のんびりしていたのに、なんだか楽しそうだ、と、皆が集まった。所長が二割増し位に私が話したオリバーの話を皆に聞かせ、(実際は私が三割減位に話したので、現実に凄く近い話だった)皆は、私が書いた手紙の最後に、サインをしていた。


 何だろう。


 同僚サイン付きの別れの手紙。


 聞いた事も無いけれど、まあ、いいか、と私は魔鳩を飛ばした。


 魔鳩が飛んで行くと、皆が手を叩いて飛んで行く魔鳩を見送った。



「さ、俺も忙しくなるな。午後から仕事を頑張るか。魔鳩をとりあえず飛ばすかね」



 所長はそう言い、うーんっと言いながら背伸びをすると「さー、仕事仕事」と言って、所長室に入っていた。珍しく競馬新聞は私の机に置いたまま所長室に籠り、午後は出てこなかった。


 帰りは同僚達が私の家までついて来て、一緒にご飯を食べる事になった。



「オリバーが突撃してくるかもしれんからな。誰か暫く、あーっと、三日位か。毎日送り迎えしてくれ。明日はクレアは早番じゃないな。じゃあ、俺が迎えに行くからそれまで家をでるなよ。帰りはエマとポールと帰れ」


「ええ・・・所長が?有難迷惑・・・」



 所長の言葉に皆が、いいからいいから、と頷き、私はその通りに過ごす事になった。




 次の日。朝から所長が私の家に迎えに来て一緒に出社し、仕事中に外を見るとオリバーが事務所の周りをウロウロしているのが見えた。


 見た目がいいオリバーは無駄に目立つ。


 所長に迎えに来てもらったのは良かったのかもしれない。


 お昼休みに外にエマと出た時にオリバーが事務所の外にいて、無視して歩き出した私達の後ろをオリバーは何か言いたそうについてきた。あまりにずっとついて来るので、エマが振り向き、「クレアの元カレさん、どうしたの?」と聞いてもオリバーは黙っていた。



 やっぱり、一度は話さないといけないらしい。


 一昨日は寝てもスッキリ起きる事が出来なかった。


 昨日はぐっすり寝れて、オリバーの気持ちもゼロではないけれど整理ができた。



「ねえ、オリバー。私、別れようって言ったわよね?手紙も読んだでしょう?この間も言ったけど、私、もう貴方と一緒にいるのは無理だわ。疲れたのよ」



 私がオリバーの方を向いて話し掛けると、エマが少し体を離した。



「クレア!何で別れるなんて言うんだ?何を怒ってるんだ?ジュリアの事か?ジュリアは自分のせいで、俺達が喧嘩したって泣いていたぞ?なあ、仲直りしよう、ジュリアの事も許してやってくれ」



 おう。


 私はエマを見ると、エマは呆れた顔をしていた。


 オリバーに「ごめん、クレア別れないでくれ!俺が悪かった。愛してるんだ!クレアだけなんだ!!」なんて言われたら「え、うーん。今回だけだよ?」みたいに言っちゃうかも、とかちょっとだけ思ったけれど、そんな心配は不要だったわね。


 私の心はピクリとも乱されなかった。



「あのね、私は別れたいの。私になんでって言う貴方に私がなんでって聞きたいわ。なんでジュリアの名前が出てくるの?私は貴方と付き合っていたのよ?彼女は関係ないじゃない?私が彼女を許す必要もないし、彼女も私にはもう話し掛けないで欲しいの。貴方の従妹ってだけの付き合いだから」


「な!!そんなに冷たい言い方をしなくてもいいだろう?なんだよ、やっぱりヤキモチを焼いているんだな。俺とジュリアは従兄妹同士でクレアが疑うような関係では無いんだ」


「あのね、ヤキモチは焼いてない。面倒なだけ。もう嫌なの。貴方の事を好きじゃない。所長や職場の人も私達が別れる事に賛成しているわ。手紙見たでしょ?」


「クレアは俺の事好きだろ?急に別れ話を言うなんて一方的すぎだろ・・・」


「私にとっては急じゃないわ。多分、少しずつ好きじゃなくなっていったんだと思う。ごめんなさい」


「なんでだよ・・・。クレア、ちょっと喧嘩しただけじゃないか・・・」



 私は悲しそうに私を見るオリバーをしっかりと見つめた。



「ごめんなさい。でも、私にとってはちょっとじゃなかった。多分、今また付き合う事になってもお互い疲れると思う」



 オリバーはぐっと拳を握ると、エマをちらっと見た。



「エマ、巻き込んでごめん」



 エマは首を横に振った。



「私が話に入っていいかしら?オリバー君、私はクレアの友人で、クレアの悲しむ顔は見たくない。貴方の様子やクレアの様子は近くで見てたけど、貴方の言い分は可笑しいわ。クレアの気持ちに何も寄り添ってないと思うの」


「・・・・」


「クレアに寄り掛かるだけじゃ、クレアの気持ちは離れていって当然と思う。貴方もクレアを支えてあげればよかったのよ。クレアは貴方の事を大事にしていたと思う。まあ、クレアは尽くしすぎだとは思うけど。でも、貴方も甘えすぎたんじゃない?」



 オリバーは驚いた顔をして、ぐっと悔しそうな顔をすると何も言わず去って行った。


 エマは私の方を振り向いて、首を傾げた。



「あらら、帰っちゃったわね。余計な事を言ったかしら。また来るかしらね」


「エマ。もう来ない気もするけど」



 私達はお昼ご飯を買うと職場に戻り、休憩室で食べた。


 その日は平和に過ぎ、帰りに所長から「明日は帰りは空けといてくれ。用事があるからな。絶対だぞ。飯を奢る。ただ飯だぞ」と言われ、「はーい」と呑気に返事をした。


 次の日の朝も平和に始まり、お昼にオリバーが来るかと思ったが平和に過ぎ、仕事もトラブルなく終わり、私は残業もせず、さっさと帰ろうとした。


 私が荷物をまとめていると、所長が、「おい!クレア!空けとけって言っただろ、ちょっと待ってくれ。あー、そうだな、事務所前の所なら安全だな。あそこのベンチに座っててくれ、十五分位で来るはずだから」


「あ。そう言えば昨日、所長、言ってましたね。ご飯、奢ってくれるんでしたね。事務所前のベンチですね。了解です」



 まったく、とか、ぶつぶつ言っている所長は所長室に入って行き、私は所長に言われた通り事務所前のベンチに座った。


 所長にご飯を奢って貰うのも久しぶりだな。


 この間奢って貰った時は、娘ちゃんのプレゼントのお手伝いのお礼だったかな。


 皆に奥さんからの差し入れもあったけど、奥さんの差し入れも美味しかった。また、奥さんのアップルケーキを貰えないかな・・・。


 私はジュルリとよだれが出そうになるのを我慢して、所長の奥さんにリンゴの差し入れをしてみようか、材料とお礼を添えたら作ってくれるかな、なんて考えていた。


 オリバー以外に、余計な事を考える余裕も出来て来たし、本も楽しく読めそうだ。


 ふふふ、と私はニコリと笑って帰って行く人に挨拶を返した。


 ここは人通りも多いし事務所の人間が窓越しに見える。


 私は本をバッグから出し読みかけの本を読みながら所長を待つ事にした。


 そうやって本を読みだしてすぐに私の前に影が落ちて、私が顔を上げると、そこには悲しそうな顔をしたジュリアとオリバーがいた。


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