作り話

@ku-ro-usagi

読み切り

休日に

久しぶりに友人と会ったんだ

友人が前日に

「予約しておいたから」

と半個室のレストランを指定してきたのは少し驚いたけど

昼間だけど一杯だけいいよねとワインで乾杯

お互いの近況話してさ

でも特に何も変わらないねって笑い合ってた

そしたら

友人が唐突にさ

「ね、作り話してもいい?」

って

わざわざ

「作り話」

と言う意味は何かあるのかと思いつつ

「どうぞ」

と促すと

友人は

「私の友達Uの話ね」

と前置きしてから

「高校の時に

Uを含め4人の仲良しグループがあったの

卒業してからもたまに4人で会っててね

1年前までは4人揃ってたの」


その集まり

飲み会での「U」の話

「半年前なんだけど

主に飲食店に卸す肉屋で働いてたんだ

でもそこで

不注意で指4本切っちゃた

指の根元辺り、ほらここ

あぁ大丈夫

軽かったから

指は切り落とされずに済んだよ

ほらもうちゃんと動くし、跡はまだ残ってるけどね

それで

さすがに仕事は休まざるを得ないし

肉切りだけでなく普通の包丁もちょっと怖くなっちゃって

結局辞めさせてもらうことにした

でも

『そんなことでやめるの?』

『時給いいのに勿体ない!』

『そんな程度で包丁まで怖がってないでご飯作りなさいよ』

『傷物なんだから身体でも売ったら?』

と言ってきたのは母親

清々しい程の搾取子扱いだよね

勿論

稼いだお金もほぼ渡してたんだ

それがあの家の「普通」だったから

でも

ネットがあってよかったよ

これが、うちが普通じゃないって気付けたから

うん

それでさ

実はこれから

もう全力で逃げるつもりなんだ

あの家から

今までもおかしいとは思ってたけど

今回の件でもう本当に無理だなって思った

そう

今日これからだよ

大荷物でしょ

うち父親いないし

妹も母親そっくりだからもう情もないんだ

だからもしかしたらさ

親から居場所知らないかって

連絡来るかもだけど勘弁ね

落ち着いたらこっちから連絡するから

それまでしばらくバイバイ」


「そう言ってね

その日は

『Uが無事に逃げ切れます様に』

ってみんなでUの分は奢ったんだ

それで

その友人のUと

連絡が取れなくなって一昨日で1年経ったの」


私は友人がなぜわざわざ半個室の部屋を予約したかを察した

こんな話は解放感あるカフェでは話しにくい

それが作り話と言えども

「それで?」

「うん

一昨日ね、知らない番号から電話掛かってきたの

いつもなら出ないのにどうしてか気になって出ちゃったら


『ぞうき、ぜんぶなくなっちゃった』


って幼い子供のような老婆のような電子音声のようなね

よくわからない

そんな声が聞こえて、すぐに切れちゃったの」

「かけ直したの?」

「かけ直した、この番号は現在使われておりません、だった」

友人にスマホの履歴を見せてもらい

私も掛けてみたけれど友人のいう通り

『この電話番号は……』

の音声が流れるだけ

「ぞうき」

当てはまるのは

「造機、雑器、雑木」

後の文面を当て嵌めると

「臓器」

なんだろう

「それで、君はそれがUさんだと思ったの?」

「わかんない、でも電話のタイミングが……」

最後に会った日からちょうど1年後だったと

それとなく他の仲間に聞いてみてもそんな電話も何もないと

ないと言った他の仲間からのタチの悪い悪戯の可能性も否定はできないけれど

悪質すぎるし理由も解らない


それよりも

Uの短い話だけでも

Uの母親が

今まで従順だったであろう

金のなる木こと長女のUを

簡単に手放すような親ではなさそうなのは私にも解った

もしかしたら

Uが逃げることを察しており

先に何かしらの手を打っていたのではないか

そういう人間ほど自分の損にはとにかく過敏で勘も働く

そして

もう自分達のために稼がないなら

最後に身体を

本当の意味で売って金に代えろと

本人の意思など関係なしに長女を売る計画と実行を

逃げようとするUに先んじて立てていた

それは

さすがに考えすぎだろうか

易々と出来るようなことではない

はず


「ね『作り話』だからね」

友人の言葉にハッとして顔を上げると

無理して笑う友人と目が合った

(あぁそうか)

そうだった

作り話だ

友人はあくまで作り話として吐き出したかっただけ

「そうだね」

頷くと

「もう一杯だけ、どう?」

「もらう」

ワインを追加してから

友人が何度か大きく深呼吸した

「私もね

ホント暇人だから

半年くらいしてからかな

Uの実家を知ってたからこっそり覗きに行ったの

お世辞にも新しいとは言えない古めの平屋の家なんだけど

ちょうどUの母親が出てきたんだ

顔やスタイルはUに似てたからすぐ分かった」

友人が言葉を止めたのは

ワインが運ばれてきたから

友人は白

私は赤

「でもね

Uのお母さんはお化粧凄く濃くて

あの家とは全くそぐわない派手なブランドの服とか着て

……じゃらじゃらしたネックレス着けて

凄く高いブランドのバッグもね、持ってたの……

あの人……」

段々と俯きがちになり

途切れ途切れに話す友人の唇は

震えている

指先すらも


でも

それも

私は白ワインで口を湿らすと

「君の『作り話』なんだよね?」

私は問う

友人は

震える唇を噛み締めると

「そう……」

と吐息を漏らすように呟き

伏せられた瞳からは

「ただのね……私の作り話」

ポロポロと涙が転がり落ちた

その

もう何も取り繕うことさえできずしゃくり上げる友人に

私は

ただ黙ってハンカチを差し出すことくらいしか出来なかった



それから

どれくらい経ったかな

私は百貨店の中にテナントとして入ってる時計屋で働いてるんだ

その日は

お得意様がいらしてくれて

初めて奥様も一緒にご来店頂けた

奥さまは白いレースの手袋を着けていたけれど

気に入って貰えた腕時計を着けるためにレースの手袋を外してもらうと

指の背に4本の白い傷痕があった

パッと見は全ての指に白い指輪を着けているように見えた

思わず奥様の顔を見てしまうと

奥様は気分を損ねた様子も見せず

「あのね、臓器移植してもらってから、徐々にね、指にこんな痕が浮かんできたの」

不思議よねぇ、とあっさり教えてくれたけど

お得意様である旦那様は

「おい」

と少し嗜める様に低い声を出し奥様も

「え?あぁ、……そうね、そうね、えぇ、そのね、たまたま運良くね」

なぜかおろおろと狼狽え

「妻は重い病気でね、いや運良く、ドナーが見付かったんだよ、待ち人は多くいるけれど、ほら、相性もあるだろう?」

旦那様もなぜか酷く慌てた様な素振りを見せられた

けれど

私は

時計を買ってくれれば

ノルマが達成できればそれでいい

「左様でごさいますか」

ニッコリと微笑むと

「あぁそうだな、では今日は、これを包んでもらおうかな」

旦那様は早口になりいつもの雑談もなく

あぁそうだ

もしかしたら急用でもできたのかもしれない

「かしこまりました」

何だかお忙しいようだし

こちらも急いでご用意しないといけない

私は

ニコニコしながら2人の後ろ姿を見送りながらも

(お得意様を1人失ってしまったかな)

と思った

ただ

どうしてもあの指の傷を見て反応しないことは出来なかった

きっとあの奥様は

お金の力で正規の順番を早回しどころか

正規の所ではない場所で移植をして貰ったのだろう

後ろめたさと違法行為と言う呵責があるから

下手なことを言うなと

必要以上に饒舌になった

あの旦那様は

純粋に奥様に生きてて欲しくて

想像以上の大金を支払った

それも愛の形だ

私は別に責める気もない

「記憶転移」

といって元の臓器の持ち主の性格や趣味が移る傾向はあるらしいけれど

元の人間の身体に付いた傷痕すらも表に染み出すものなのか

わからない

私には何も


あぁ

待って

(違う……)

違うんだよ

友人の話は

あれは

「作り話」

なのだ

友人の作った子供騙しなチープな怪談でしかない

でも

もし

もしその作り話に乗るならば

君の友人のUの一部は

妻を大事に思う旦那様に愛されて幸せな人生を送っているよ

そんなの

何の慰めにもならないかもしれないけれどさ


それに

もしかしたらUは

ひょっこり姿を現すかもしれない

そしたらさ

私にも紹介してよ

逃げた後

どうやって逃げて生活していたのかとか

教えて貰いたいからさ

うん

ただの純粋な好奇心だよ

バイタリティー溢れる人の話は楽しいからさ

それで

毒親から逃げられたことを乾杯しようよ

その日のUの飲み代は私も払うからさ


だから

私もその日を楽しみにしてるよ

ずっとね

いつまでも待ってるよ

Uさん




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

作り話 @ku-ro-usagi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ