第7話 欠片

 私は今もまだ、はっきりと記憶していた。

 


 光を背に迫りくる、無数の巨大な船と、幾条もの金色の煌めき。

 青白い、大きな大きな羽虫の群れが、星を食む。

 

 蜷局とぐろを巻く、万匹の岩盤の蛇が我らを飲みにやってくる。


 私の愛する六角形の大地は大ぶりに砕け、蒼穹に消えてしまった。

 滑らかに溶け、生きる鋼の街。

 可哀そうに。

 守ってくれる屋根は、もう無い。


 十重二十重とえはたえの波紋が宙を広がる。。


 大きな音が鳴っているような気がした。

 だがこの身体も、その中身を作る肉や硝子や鉄の塊も、感触を何も感じてはくれない。

 この光景を映している私の眼だけが、頭に、脳に向かって、音が鳴っているはずだと訴えかけてくる。


 無音の轟音を目の奥で感じる以外、私に出来たことは何もなかった。

 

 ただ、今いる場所が、バクリと大きく傾いていると感じた。

 目線を下にやる。途轍もない距離、途方もないアレの巨大さ。


 鋼の街は、零れる卵のように、とろりとろりとこの海に消えていく。

 街から飛びたつ僅かな赤い球は、甲斐甲斐しくも、淡い癒しの光を砕けた大地にかざしていた。

 恐らく、もうこの傷は癒えはしまい。

 永劫に残るだろう。


 私の友は今何をしているのか。私と同じように、放り出されてしまっているのか。


 ああ、蒼い。なんと美しいのだ。


 私は街とともに落ちてゆく。どれだけの時間がかかるのだろう。

 あるいは、目を閉じてすぐさま開けば、もうそこにいるのか。


 私はいつも使っていた椅子にしがみ付いた。恐怖は無かった。そのような感情があることは知っていても、私には必要なかった。


 ただ、戻らねばならないと強く思ったのだ。

 そのためには、この身体が朽ちてはならない。できうる限り、慎重に残さねばならない。

 あらゆる力を使って、私は自分を保管した。

 はらはらと散りゆく、この欠片の一粒になっても大丈夫なように。

 


 あぁ……あぁ……光が――歪む。


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