【KAC2024②】冬の夜。ばあちゃん家に、クマのぬいぐるみを両手で抱えた着物姿の座敷童(幼女)が来て、大家と間違えられたんだが、俺は大家じゃない。

桜庭ミオ

第1話 寝ていたら子どもの声が聞こえて、クマのぬいぐるみを両手で抱えた着物姿の幼女に、大家と間違えられたんだが。

「じゅうたくのないけんにきました!」


 俺は、子どもの声で目を覚ました。

 漆黒しっこくの闇。いつもとは違う匂い。

 さっきの声は夢? ぼんやりする頭で考える。


 時計の音。エアコンの音。

 ここは俺の家じゃない。母さんの実家だ。


 寝る前に窓から外を見た時は、雪が降っていた。

 年末の夜中に、子どもがいるはずがない。

 隣の家とは離れているから、近所の家の声が聞こえることもないのだ。


 俺が知らない間に親戚が来たとしても、こんなに小さな子どもはいない、はずだ。

 知らない間に生まれたとかじゃなければ……だが。


 ふつう、言うだろう。親戚に子どもができたとかなら。

 そんなことを考えながら手を伸ばし、スマホに触れる。


 二時二十二分。うん、子どもがいる時間じゃないな。

 身体を起こす。

 スマホのライトを向けて、電気ひもを見つけた俺は、ひもを引っ張り、灯りをつけた。


 和室。俺が今まで寝てたふかふかの布団。

 テレビとタンスと文机と座布団。

 それから、実家を出る前に送った段ボール箱。

 俺が持ってきた黒いリュック。


「じゅうたくのないけんにきましたー」


 無邪気な声。

 俺はビクリと身体を震わした後、「こわっ」と呟く。


 呟いた後、声を出してよかったのかと不安になった。


 寒いな。急に寒くなってきた。

 エアコンの音がするから、暖房がついてるはずだ。


 何だこれ? こういうの、初めてだよな?

 夢? 夢ならいいんだけど……。


 俺、起きてるよな? 寝てないよな?

 ドキドキしながら腕を動かし、自分の頬をつねる。

 地味に痛い。


 ――その時。

 ふわっと、甘い匂いがした。


 クスクスクス。

 鈴を転がすような笑い声が耳に届く。さっきよりも近くにいるような気がする。

 俺は周りを見回した。天井も見たが誰もいない。

 っていうか、いたらこわいわっ!


 自分で自分にツッコんだ。誰もツッコんでくれないからだ。


 こわい。


 でも、こんな時間にこわいからって、母さんとばあちゃんが一緒に寝てる仏間には行けないよな。

 仏間で、子どもの声がした方がこわいか。

 この部屋でもこわい。廊下だって、今は歩きたくない。


 母さんとばあちゃんなら、平気なんだろうけどさ。

 あの人たちは、幽霊や妖怪がいたぐらいじゃあ、動揺しないもんな。


 ばあちゃんが、よく妖怪を見る人で、川で河童を見たとか、海で人魚を見たとか、山で、二足歩行のタヌキやキツネを見たとか楽しそうに話してたし。


 母さんも、昔からいろいろ見るらしくて、実家に帰るとばあちゃんと一緒に、妖怪の話をして、きゃっきゃとはしゃいでる。


 俺と父さんが相手にしないので、ばあちゃんしか、一緒に妖怪の話をして楽しむ人がいないと前に話してた。


 父さんは妖怪とか見えないし、興味がないようだ。

 俺は空を泳ぐ魚ぐらいしか見たことがないし、どうでもいいって思ってた。


 だって、魚だし。何かされるわけでもないし。

 いても、いるなってぐらいで、特に感情が出ることもない。


 学校の奴らには、俺が不思議な魚を見ることはバレている。

 まあ、ふつう、バレるよな。


 視界の端で何か動いてたら、何だろうって思うもんな。

 そしたら見ちまうし、何もない場所を気にする人と思われるよりは、正直に話した方が俺は楽だ。


 魚が見えるだけなので、幼なじみの一夏いちかには、『インパクトがないよね。鬼がいたとか、雪女がいたとかなら、すごいのにさ』って、残念そうな顔で言われた。


 俺はそういうのを見たからって、自慢したいとは思わないんだけどさ。


「ねえねえ」

「――ヒッ!」


 すぐそばで、子どもの声が聞こえたとたん、俺の身体はガタガタと震え出した。

 だって、魚じゃないんだ。魚はしゃべらないし。

 それにあいつらは俺に興味がないようで、魚群が見えたとしても、襲われたことはない。


 だが。これは子どもだ。姿は見えないが、女の子の声だと思う。

 無邪気に話しかけられたとしても、相手は人外。


 人間の子どもでも、何をしでかすか分からねぇんだ。気にしないとか無理だろ。


「ねえねえ、おおやさん。アタシ、じゅうたくのないけんにきたんだけど。かってにおうち、みてまわってもいいの?」


 見えない存在が、ふつうに話しかけてくる。ビクビクしてる俺が馬鹿みたいだ。

 っていうか……。


「俺は大家じゃないんだが。大家って、あれだろ? アパートとかの管理人みたいな人。俺、高校生だし、一人暮らししたことねぇから、よく分かんねーんけど」


「えー? おおやさんじゃないのー? このむらにきたらね、まっしろでふわふわなネコちゃんとであったのっ。それでね、アタシのことがみえて、たのしくおはなししてくれそうなひとがいるいえにすみたいっていったら、このいえがおすすめだよーっていって、つれてきてくれたんだっ!」


「……猫が?」


 それって妖怪? と思いながらも、別のことを口にする。


「寒いのに、猫が外にいたのか?」


「うん! いたよっ! ゆきがすきなんだって! アタシもね、ゆきをみるのがすきなんだっ! あっ! アタシ、モモっていうのっ! モモってよんでねっ! おにいちゃんのなまえはなぁに?」


「……柊真とうま


「トウマくんっていうんだねっ! かっこいいなまえだねっ!」


「そうか? なぁ、お前」


「モモだよ」


「……モモ、は、ここに住むのか?」


「すめたらいいなっておもってるの。でもね、すむまえに、じゅうたくのないけんをするんだって。だから、いろんなへやをみせてほしいの」


「ないけん?」


「ないけんっていうのはね、おうちをみて、かうかどうか、きめることだよ!」


「買うって……金ないだろ?」


「うん。おかねはないの。でもね、クマちゃんのぬいぐるみもってきたから、クマちゃんあげようとおもって」


「クマ?」


 クマのぬいぐるみを持つ少女を想像して、可愛いなと思った次の瞬間。

 目の前に女の子が現れた。


 俺がイメージしたのはワンピース姿だったんだけど、目の前に立つ女の子は着物を着ている。

 年は、五歳ぐらいだろうか。


 黄色地に、手毬てまりと花が描かれた着物を身にまとう少女――というか、幼女だな。


「クマちゃん、かわいいでしょう? アタシのタカラモノなの」


 モモは、茶色いクマのぬいぐるみを両手で抱えて、ニコニコ笑ってる。

 クマのぬいぐるみは正直ボロい。

 子どもが持ち歩けば、そうなるよな。

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