アニメ化決定!?とか言われても閲覧数ゼロなんですが!

蟹きょー

#1 アニメ化決定!?

「アニメ化、してみませんか?」

そんな連絡が届いたのは、彼女にとって最悪の一日だった。


時を遡ること1時間。彼女ーータツヤは布団を剥ぎ取って飛び起きる。すぐ側の目覚まし時計は誰の意志によるものでもなく、機能を停止させていた。というのに、陽光は傾斜をつけてタツヤに突き刺さる。

「遅刻だあああああっっ!」

そこからはなし崩し的に水が立板を下った。もう止まらないの。

寝室から飛び出た所で履くはずのスリッパで横転し、階段はお笑いのように転げ落ち、辛うじて引っ掴めた食パンは喉に詰まった。

「大丈夫ぅ?」

余裕あり気な母の声が癪に障る。普段なら頼もしいやら他人事やらで普通に接せる筈が、その時ばかりはきつく当たってしまう。

「るせんだよババア!ぽつねんとのんのんびよりしやがって!」

ブレザーもリボンも知ったことか。野蛮人スタイルでずんずん進む。ローファーは運動靴の如く潰し、纏わりつく折ったか定かでないスカートを押しやって登校する。遠くの架線高架を走る電車が見えた。


電車に乗り込んで15分。朝っぱらから盛んな雄猿を蹴飛ばしたのを逮捕されそうになったのを逃れ、学校に急ぐ。間も無く見える校門には先生の姿がーー先生の姿が!?

驚きに目が飛び出ているか皿になっている気がするのを抑えて挨拶する。

「おはようございますっ!」

「元気があるのは良い事だが、その点火が遅いのは頂けないな」

よりによって相対するは生真面目で噂の体育教師。肉体でも論述でも、突っ切って勝てる相手ではない。

「丁度良かった。遅刻届を」

「残念ながら、俺がここにいるのはお前都合ではなく風紀の確認のためだ」

そう言って食指を向けるはぺったんこの学生鞄。風を食らって逃げ出すも、行く手を剛腕に阻まれる。

「鞄の中、見せてくれるか?」

まずい、と思うももう遅い。彼は鞄を取って開かんとする。抵抗せんと手を払うことはせず、タツヤは鞄を振り落とした。そのまま彼女は駆け出す。

そう、遅いのならば取れる行動はただ1つ、姑息療法のみだ。まして礼儀礼節を重んじる冷徹怜悧の彼の事だ。鞄の中身が蒙昧極まりないラノベだけだろうと、逃げ出す姿がいかに無礼で哀れなものであろうと、大手を振って咎めはしないだろう。ならば今できる事は、すべき事は流れ行く時ちこくにこれ以上負けない事だ。

そうして3歩目を踏み込んだ時、ポケットの携帯電話が震えた。こういう時、電話を掛ける人間は1人しかいないーー母だ。

奴は事あるごとに電話しては長ったらしい世間話を垂れ込んでくる。どうして今の今まで掛かって来なかったのか、電源を落とすのを忘れてしまっていたのかは、開口一番に母に毒づいてしまったタツヤ自身が分かっていた。全て、自業自得だった。

しかして、あの母の事だ。恐らく、タツヤが電話に出るまで永遠に掛け続けるだろう。その思いを無下にできる程、タツヤは冷静でも無情でもなかった。教師の面前であることも構わず、電話に出る。

「もしもし」

「アニメ化、しませんか?」

横溢な程の声が電話口に響いた。その声量、およそ80デシベル。現代技術の抑制をも突き抜ける騒音に耳をもしかめられそうな気がした。

「……間違い電話じゃないですか?」

「いえいえ。先生の作品、見させて頂きました!読み上げるのも憚られる豪華絢爛なタイトルから繰り出される突出した内容。映像化すれば爆売れ間違い無しです。いえ私も、最近までは文豪一筋だったんですが、現代小説の勉強にと読んでみたらこれが面白くて。今では夏目先生の後釜のようで恐縮ではありますが、私の作った神棚にデータの入った記録媒体を飾らせて頂いているんです」

臆面もなくまくし立てるその声に恐怖すら覚えたタツヤは無理矢理に切り出す。

「少し、考えさせてください。必ず折り返しますので」

「そうですか。でも少し熟考ください。そうだ。今なら無病息災、栄耀栄華、人として素晴らしいーー」

その先は聞く気になれなかった。あまりに常軌を逸している。

「……保健室にはスクールカウンセラーもいるそうで。話をするのも悪くはないでしょう」

背後の教師も様子がおかしい。なんとか現実に戻りたくて、大人しく教室に向かうタツヤであった。


昼休み、タツヤは気が気でなくて、自らの「カキヨミ」のアカウントを確認する。自身のアニメ化できるものなど、それぐらいしか想起できなかったからだ。

液晶には、恐らく電話の相手が話していたであろう小説が表示されている。ーー我ながら、酷いセンスだ。

その上を指を滑らせ、小説の詳細を見る。字数、1000。話数、1。フォロー、0。応援、0。コメント、0。閲覧者数、0。

当然だ。この界隈は大同小異、同工異曲が魍魎跋扈する異界なのだ。そこに長くもなければ、面白くもない話が割り込んだ所で、影響は高が知れている。ーーだが、奴はこれを読み、アニメ化したいとぬかしやがった。

「……カマ、掛けてみるか」

タツヤは、自らの腹の底が酸っぱくなるような興奮に包まれていた。


放課後、電車を降りた所で、懐の携帯電話を起動する。決着は自分からつけたかった。

諸々の処理が終わり、パスワードを打ち込んだ瞬間、携帯が震えた。あの時は切羽詰まっていたので気に掛けなかったが、確かに電話帳にない番号だった。母と見間違えるなど、どうかしていた。

「もしもし」

「あっ、先生!やっと出てくれた!それで、アニメ化の話なんですが」

「その前に!ちょっとチェックを」

今度は相手に隙を与えはさせないとタツヤ。

「チェック、ですか?」

「はい。どうにも、この界隈は似た作品が多いので、取り違えられては大変です」

「確かにそうですね!では、質問をどうぞ!」

「……主人公の名前は?」

「ーーレベッカ・キャンベル」

それからは、幾多の質疑応答を繰り返した。主人公の能力、ストーリーの大筋、ヒロインの性格など、小説に詰められただけのものを全部答えさせた。奴はその全てに、正確に正答した。

「最後の質問です」

浮き足立っているのを悟らせぬよう問う。どうやら疑われなかったようで、どうぞ、と陽気な声が飛ぶ。

「……この作品はラスボスは?」

「幼馴染にして親友、エース・デイヴィッドですね!」

奴は屈託もなく答えた。タツヤの脳裏に閃く、妄想でしかない男の名を。

「あんた、何者だよ」

「ファンの1人ですよ?もちろん、編集者という立場はありますが」

「あの作品は未完なんだよ。それも1話だけ。ラスボスなんて決めつけられる存在は誰1人存在しない!」

確かに、タツヤの構成では、エースはラスボスになる予定だった。ただ、そこまでの経緯が発起しなかった為に書く事はできなかったのだ。タツヤにしか知らない存在を、奴は意気揚々と答えてみせた。

足が震える。本能が警鐘を鳴らしていても、取るべき行動が分かっていても、動く事ができない。

「私の作品が好きってんなら、私の作品を決めつけるな!私の中を侵犯するな!2度と掛けるな!」

勢い任せに通話を終了する。頭のざわめきが過ぎ去る頃、響いてきた踏切の警鐘がいやに印象的だった。


夕暮れの中を、タツヤは歩く。何ら変哲のない陽光が彼女にとっては勝利の讃歌に思えた。

いつも通りの通学路。その道中、いつも通りでなかった事を思い出した。ーー母に謝らなければ。

おっとりしていても、その根本にあるタツヤへの愛とそこから生まれる胆力は誰よりも強い事を、彼女は知っている。

その横を、喧しくて赤い車が走り抜けた。

「カーネーションでも贈るか?……ベタすぎるか」

口を開くと、黒煙が入り込んで咳き込む。釣られるように目も鼻も痛くなる。涙が溢れて止まらない。

「お嬢さん、離れて!」

何処かから叫びが飛ぶので、それから逃れようと目を拭って周囲を確認する。

家が燃えていた。他ならぬ自宅が。

見た所、消防車が一台しか来ていないようだった。運び出された母も、病院に運ぶための救急車も見受けられない。野次馬はいっぱいいた。

野次馬が数人、こちらに向かってきた。逃げ場は無いーー逃げる必要は無い。

朝と同様、できる事をする。手を伸ばす先は懐の携帯電話。

素早く液晶を打ち、呼びかける。

「もしもし。これ、あんた?」

「これ、というのは、そちらで現在発生している火災の事でしょうか?」

「それ以外無えに決まってるだろうが!何でこんな事すんだよ!」

「私共が提供する“無病息災”の無い生活がどのようなものか、今朝から体験して頂いていたのですが、ご理解頂けませんでしたか?」

「っふざけんなよ。それは私の問題だろうが!母さんまで巻き込む事無えだろうがよ!」

「そちらの生活は母親の就労と家事の支援によって成り立っていますよね。であるなら、母親はあなたの一部も同然です」

そこから先は、恐ろしくて聞けなかった。無意識に通話を終了していたのかもしれないし、防衛機構が話を遮断していたのかもしれない。

その視線は、ただ燃える家に向けられていた。消防車から放射される液体のように火を消し止める事もできないのに、どうか止まってくれと、どうか嘘であってくれと視線を向ける。

地平線に溶け出す夕陽が、嗤っているような気がした。

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