あなたの愛で僕を殺して
葉月 陸公
あなたの愛で僕を殺して【前編】
学は小学二年生の頃に一度、その森に行ったことがある。好奇心旺盛な時期だ。興味本位で森に入る、なんてことは珍しくないだろう。
確かに、死神の森には、一人の青年が住んでいた。学は彼と交流を図ったのだが……。
現在、学は十七歳。あれから、心身に異常はなく、健康的に歳を重ねていった。
……と、いうことは。村の言い伝えは、真実ではなかったことになる。
当時は「なんだ、大したことないじゃん」で済んでいた話だが、よくよくあの青年のことを思い返してみると、十七になった学には、あの青年に関して疑問に思うことがあった。
そもそも、誰も近づくことのない森で一人で生き抜くというのは非常に困難である。
さて。ならば、何か外部からの支援があると考えるのが妥当だろう。その衣食住はどこから来ているのか。支援者は誰なのか。青年は何者なのか。何故、あの森に住む必要があるのか。立ち入り禁止区域とされている理由は、一体、何なのか。
親に聞いても、地域の人に聞いても、誰一人答えられる人間はいなかった。
この疑問を解消するには、もう一度、青年に会う他にない。
高校三年の夏、受験勉強に行き詰まった学はふと思い立ち、気分転換に、再び、あの“死神の森”を訪れたのであった……。
《あなたの愛で僕を殺して》
あの頃よりも体力のついた今、青年の家には意外と早く着いた。森に入ってから約二十分。耳を
「こんにちはー」
扉を三回ノックして、青年を呼ぶ。ゆっくりとこちらに向かう足音が聞こえ、ガチャリと玄関扉が音を立てて開く。
「いらっしゃい。……えっと、ガクくん?」
青年は、恐る恐る学の名前(正確には
「覚えていてくれたんだな、十年前のこと」
そんな喜びが先行していた。案内された部屋の椅子に座りながら学が言うと、青年は長いまつ毛を伏せて
「ここに来る人なんて、あなたくらいですよ」
静かに、呆れたように、そう呟いた。
「本来、ここに来てはいけないのですからね。後でどうなっても知りませんよ」
「ふーん。自分より俺の心配してくれるんだ。優しいじゃん、センセイ」
「……その渾名、やめません?」
青年がその名を教えてくれることは、決して、なかった。何度、学が頭を下げて願っても、「言えません」と返す。そのため、学は諦めて、青年を仮に『先生』と呼ぶことにした。青年は博識だった。
「いいだろ、別に。俺にとっての先生はアンタくらいだよ」
「そんな……先生と呼ばれるほどの大層な身分ではありませんから……」
「謙虚だなぁ。もっと自分自身を誇って良いと思うぜ? アンタにはそれだけの価値がある」
「また、ご冗談を……」
青年は、昔からこんな感じだった。自分を卑下するような言葉を並べ、他人とは一線を引く。
触れたら壊れそうな儚さがあるのに、放っておいても一人で生きていける強さがある。否、逆に一人だから生きていけるのかもしれない。
だが、触れてはいけないと思えば思うほど、より一層触れたいと思うのだから、人間という生き物は実に愚かしい。
しかし、万が一にも、青年をその手で壊してしまったとしても、学は後悔しないような気がしていた。それくらい、青年に出会ったその日から、学は彼に惹かれていた。所謂、一目惚れというやつである。
軽く雑談を終えたところで、学は早速疑問を解消するための質問に入る。
「先生ほどの人間なら、仕事なんていくらでもあるだろう。それこそ、教師とか、医者とか、研究者とか、或いは、作家とか。それなのに、どうして、こんな深い森に住んでいるんだ?」
学が問えば、意外にも青年は素直に答える。
「仕事をしなくても生きていけるからですよ。自然の中で生き抜く知恵があるなら、野生的に森で過ごすことも悪くないでしょう?」
一理ある答えだ。しかし、学の中では、何かが引っかかっていた。
「野生的に暮らしている、なんて言う割には、着ている服は綺麗だよな。どこで調達を?」
「鋭いですね……。頂き物ですよ。定期的に、死んでいないかの確認に来る方が、持って来てくれるんです」
あり得ない話ではない。が、ここで雑談を思い出す。
「ふーん。……ってか、俺以外にもここに来る奴いるんじゃねぇか。“立ち入り禁止区域”って言う割には、案外フリーなんだな」
矛盾している点を指摘すると、青年は軽く笑いながら
「まさか。監視役の方以外は……」
「……監視役?」
そう話した後、咄嗟に口を押さえた。しかし、その失言を学は逃さない。
「『監視役』が付くような人間なのか」
どうしても、好奇心が抑えきれなかった。
「なぁ。アンタ、嘘をついているだろう」
聞いたら戻れなくなると脳が警告を鳴らす。特に根拠はないが、そんな気がしていた。この先に待つ真実は、想像を絶するものだと。しかし、暴きたくて仕方がない。この人のことをもっと知りたい。そう思ってからは、止まることなどできなかった。
「アンタは一体、何者なんだ?」
青年の唇が微かに震える。と同時に、学もゾクゾクと震えるような感覚に
「私、は……」
口を開いた青年を学は逃さなかった。目と目を合わせ、捕える。青年は観念したように深呼吸すると、学の求めていた『答え』を出した。
「……被検体ですよ。『不老不死』の成功例。近くにいる者の寿命を奪って生きる、まさに、『死神』です」
それを聞いた瞬間、学の心は、恐れより遥かに大きな喜びに満たされた。
ついに謎の多い青年の過去が判明した。長年気になっていた謎が解けた瞬間だった。窓の外では、カラスたちが絶望を前にしたかのようにギャアギャアと鳴きながら飛んでいく。
そんな中で、学は心底嬉しそうな顔をして、ゾクゾクと身を震わせていた。泣きそうな顔で弱々しく笑う青年を見て、学は確かに『快楽』を覚えていた。そして求めていた。青年の顔が、自分の手により、更に歪んでいくことを。
この時、一番『バケモノ』らしかったのは、他でもない、学の方であった……。
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