住宅斡旋者
雨水四郎
住宅斡旋者
「やっぱりすっごく広い。こんなに広いおうちだなんて」
玄関口で立ち尽くす長髪の女性、優子は玄関口で感嘆の声を上げた。
そこは玄関というより、もはやロビーと呼んだ方が正確であるような作りで、天井には大きなシャンデリアが飾られている。
作られたのが昔なのだろう、全体的に「古い洋館」然としていたが、それもまた優子にとっては好みであった。
もはやこのロビーを見ただけでここに決めてしまいたいような気持ちになるが、あくまで内見だ。
ある程度厳しい目で見なければならない。
細かい見落としが思わぬ落とし穴になることもあるのだ。
引っ越し経験の多い優子にはそれがわかっていた。
そのうえ、この物件は訳ありだと聞いている。内装とは関係ない部分ではあるが、注意するに越したことはないだろう。
「さて、この物件ですが、部屋数が12LDKとなっておりますので……どこから拝見なさいますか?」
ロビーで立ち尽くす優子を見かねてか、不動産業者の男、真田が声をかけてくる。
この男、顔は悪くないのだが、ただでさえ細い目が、笑うとさらに細くなる。
その笑みが、優子は少し苦手だった。
「そうですね……最終的には全部見るつもりですが、まずはキッチンからでしょうか」
キッチンは毎日料理をする場であり、必然優子がいる時間も長くなる。ここの快適性はかなり重要である。
特に、換気扇の性能が悪く匂いが籠もるようでは最悪だ。
「どうでしょう。古い住居に見えて要所要所はリフォーム済。最新のシステムキッチンにレンジフードは当然最新型ですとも」
「すごいですね。それでいて見た目はこの館に合うように色味が調整されているのも素敵です」
その他にも家の中をほとんどくまなく見たが、広く、レトロで、それなのに清潔感があり、もはや他を考えられないくらい素敵な家だった。
「わたし、ここに決めようと思います」
「……以前お店にいらした際もご説明しましたが、この物件は少し訳ありですが、よろしいですか?」
「訳ありといっても、ルームメイトが80歳を超えたおばあさんというだけでしょう? それでこの家、家賃であれば問題はありません。」
80歳を超えた老人がルームメイトだ、というのは以前から知っていたことだ。
嫌がる者も多いのは知っているが、優子にとっては、そのようなことまるで問題にならなかった。
むしろ若者相手よりやりやすいくらいだ。
「そういえば、そのおばあさまに会わなかったのですけど、外出ですか?」
「いえ。彼女の私室に今もいらっしゃるはずです。基本的には内見時にはご案内しないのですが、決めたのであればご紹介いたしましょうか?」
「ええ、ぜひ」
真田はわかりました、と相槌を打ち、館の隅の部屋まで進んでいく。
優子は部屋の前まで来て、納得する。くまなく見たつもりでいたが、たしかにその部屋にはまだ入っていなかった。
「失礼します。入居希望者の方をお連れしました」
真田は、ノックとともに部屋に向かって声をかけた。
どうしてそんな意味の無いことをするんだろう。優子は思った。
案の定なんの反応もない。
真田もそれはわかっていたのか、無言で室内に入っていく。
不思議に思いながら、優子もそれに続いた。
「入居希望者をお連れしました」
「そりゃさっき聞いたよ」
部屋に入ると、年老いているからか酷く小さく見える老婆が、椅子に座っていた。
老婆の言葉にでしょうとも、と真田はのんきに相槌を打っているが、それどころではない。
「わたしたちのこと、見えるんですか?」
「見えるとも。幽霊……いや、悪霊のお嬢さん」
訳ありとはそういうことか。
80歳の老婆の家だから吸収できる生気が少ないだとか、そういった話ではなかった。
「騙したな?」
「何も騙してはいませんよ。ただ、隠してはおりましたがね」
「騙したな騙したな騙したな騙したな騙したな」
優子の身体が膨れ上がる。
どうして不動産屋がそんなことをするかは不明だが、自分を霊能力者をけしかけたのだと優子は瞬時に理解し、対応した。
霊能力者が相手ならばとにかく先手で相手を殺
「破ァ!」
たった一言。それだけで優子の身体は四散していた。
「なんでぇ。思ったより弱いじゃないか」
老婆はつまらなそうに呟いた。
「あなたが強すぎるだけです」
真田は笑みを深めて答える。実際、老婆に敵う霊などこの世に存在しないだろう。そのくらい彼女は強い霊能者だった。
「で、そのアタシに話を持ちかけるくらい迷惑だったってことかい」
「ええ。あの女……内見優子は異常な霊でした。『住宅の内見』なんて通り名があるくらいです」
「あァ? なんだいそりゃ」
「人間の生命力よりも住宅そのものに執着し、すぐ人間の同居人を殺してしまう。飽きるまで住居を占拠し、生気が足りなくなったらまた新しい家を探す……そんなやつです」
霊はたいてい人間を害するものであるが、殺害や傷害など、目に見えるほどの害を与える者はそういない。
基本的に、霊が人間から奪うのは多少疲れる程度の生気である。
それも、霊が存在するために必要というだけで、欲望からそういったことをしているわけではない。
必要な生気が多い者は生気の強い人間の住居へ。
あまり必要としない霊のところへはそれなりの人間へ。
霊が人間に害を与えすぎないよう斡旋するのが自分の仕事だし、霊相手の不動産業を営む真田にとっての誇りでもあった。
そのため、内見のような霊を許すことはできなかった。
まあ、その他にも理由はあるが。
「ま、いいさ。危険な霊をわざわざ連れてきてくれたんだ。ほれ、駄賃だよ」
「まいどありがとうございます」
老婆が封筒を差し出し、それを笑顔で受け取る。
そこには、数枚の一万円札が入っていた。
危険な霊を発見したらこの館へ誘導し、老婆に倒させる。それで、金を得る。
それが真田の副業とも呼べる、もう一つの仕事だった。
「霊のくせに人間の金がほしいなんてあんたはあんたで変わり者さね。さっきの子と変わらないじゃないか」
「おや失敬な。私は人間を傷つけたことなどありませんよ」
「そうかい。んじゃせいぜいアタシに消されないようにそのままでいるんだね」
「もちろんですとも。私には夢がありますから」
「ハッ、幽霊が夢ねえ……」
成仏する。それが真田の夢だ。
六文銭というものがある。
六文の銭貨を死者とともに埋葬することで、無事に三途の川を渡れ、死後金に困ることもないそうだ。
であれば、それが60万円なら、600万円なら、あるいは6億ならどうだろう。
何故か成仏できぬ身でも成仏できるのではないだろうか。
もしくは、普通の者以上に上等な、天国、極楽浄土、そのようなものへ行くことができるのではないだろうか。
真田はいつかのその日を夢見て、この日得た封筒の中身を嬉しそうに数えていた。
住宅斡旋者 雨水四郎 @usuishiro
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