8.受験生の記憶


 学舎はいつでも公平でならねばならない。それが実現できるかは別として。


【グリザイユ学院】はレンガに囲まれた街にしては異質な、石造りの灰色の建物だ。名は体を表す、と言うことだろうか。

 重厚な外縁に荘厳な威圧感ある正門前からの全貌。しかしそれに反して門番の人はフレンドリーで、一般公開範囲限定だが快く中に入れてくれた。ギャップが激しい学院だ。


 図書館、展示ルーム、食堂。この三つが一般公開で、あとは生徒や関係者限定らしい。プレイヤーにもそれは適用されて、生徒にならないと止められるのだとか。【サヴァン】だろうが関係無い、貴重な知識を覚悟の無いものが得るのは許せない、という考えだそうだ。やはり名門のプライドというのがあるんだろう。


 目玉は図書館なんだろうが、あまりテンションは上がらない。どうせ全てあの本擬きだろうし、シナリオデータをシステムから引き抜いている私に新鮮な情報が得られるかというと可能性は少ないだろう。図書館ならきちんと本物の本を収容したまえよ。


 いや、そういえばこの図書館、内容にプレイヤーが干渉できたはず。

 レアアイテムの在処や幻棲生物の生態、弱点などを、図書館の本のデータとして書き足せるのだ。これは学院の生徒でありある程度立場を上げないとできないハードルの高いコンテンツだが、プレイヤー特有の文字で書かれるそれは読み応えがあるかもしれない。私が知らない間に追加されたりもするだろう。

 まぁ内容の真偽はわからないのだが、これを証明するのも楽しみの一つとなるんだろう、著者はプレイヤーネームが残されるので悪質なものは晒されたりして逆にリスクが高いだろうし。


 このゲームの民度なんかはまだ確定し得ない要素だろうが、この世界の人間とは違ったものが楽しめそうだ。

 私は早速図書館への通路に足を踏み入れた。


「広いですが……やはりその割にテキストデータは薄い」


 いわゆる飾り扱いのオブジェクトがほとんど。

 壁一面、あたり一面の本棚にしては、その総文量は広辞苑1冊程度。ゲームとしてはかなり頑張った文字量なのかもしれないが、ここを現実として生きる小説家にはガッカリとしか言いようがない浅さ。

 図書館は深い文字の海に沈めるから良い場所だというのに。


「しかも、【サヴァン】が書いた本は特例扱いで生徒しか読めないとは……知識を広める場所では? 図書館というのは」


 ならば何故資料室などに放り込んでおかないのか。図書館というものがロマンやファンタジーと相性が良いのはわかるが……仕方がないのも理解できるが……納得はできない。


「私も生徒に……? いや、変に入学して目立つのはちょっと……費用も高いでしょうし」


 プレイヤーはどうかしらないが、普通、学校に入学するというのはお金が動く。今の全財産はこの財布に軽く収まるしか無い。そして小説を書く時間が削られるのはあってはならない。

 まぁ、今は諦めるしかない。どうせ紙をめくれるわけでもなし、無骨なテキストウィンドウをスクロールするだけの作業を図書館でするのも楽しくない。


「しかし迫力のあるファンタジーな絵面であるのは確か。ネタになったことは認めましょう」


 天体模型のような星が灯りとして浮かぶ図書館は、見た目は100点満点だ。次の本のテーマは図書館にしようか。


 それだけだとありきたりなので、何かプラスで要素を足したい。私は学院の生徒になれないが、物語の中でなら登場人物を生徒に仕立て上げれる。


「受験物語……とか」


 スリをして生計を立てていた少女が、ある日学ぶことの楽しさを知る。そこから学院に入学するため、図書館で勉強を始める受験ストーリー。コメディちっくにして重さを無くすのがいいだろう。受験にいい思い出があるやつなんてそうそういない。


「早速帰って草案を書きましょう」


 手帳に思いついたことを書き留めると、私はウキウキで学院を出ていった。

 何一つ本を読まずに機嫌良く出ていった私を司書のNPCが怪訝な顔で見ていたりもしたが、無視した。私には関係のない事だ。


 *


「受験の話は、今の人にも刺さるんでしょうか、未来の試験なんてわかりませんけど」


 やはり今も徹夜したり、語呂合わせで無理やり覚えたり、赤本とにらめっこしていたりするんだろうか。私はそこまで難関校に行ったわけではないが、着々と試験終了時間が近づく中解けない問題を数えている時間が一番キツイと思った。何点失点したから考えなければいけないあの自己採点の虚無の時間よ。


 そんな焦燥感や絶望を、なるべくコミカルに、深刻さを薄めて描きたい。そもそも主人公は勉強に対するモチベーションや好感度が高いため、そこを軸に周囲とのギャップや共感を描写する。初受験生も浪人生も頷くネタを散りばめて、合格できなかった者の悔しさも少し苦味を添えるために使う。


 勉強もまた戦いなのだという、青春が終わりに向かう雰囲気を残したままエンディングだ。


「これは……昔の記憶を引っ張り出すことになりそうですね」


 かつて苦労した受験生時代を思い起こしながら、創作の世界の試験を描く。

 本文に行くまでに既に胃に負担がかかっている気がする、受験はストレスが大きすぎる。


「だからこの世界でも受験はしたくないんですよね、引きこもり万歳」


 キャンパスライフよりライターライフを送りたいのだ。

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