動物不動産
菅原 高知
動物不動産
以前は狩猟を生業にその日暮らしをしていた。
しかし、ある時契機が訪れた。
ソレから私は不動産業の真似事をしている。
今日も一名内見の予約が入っている。
「こんにちわ」
から~んと店の扉が開いた音が響いた。
おっと、もう来たか。
鏡で営業スタイルを確認。トレードマークの大きな口をニィっ吊り上げる。
よし、完璧だ。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました――――?」
おかしい。声がしたのに姿が見えない。
店内を見渡すが、やはり居ない。
「何だ、気のせいだったか?」
首を捻りながらも、一応店の外も確認する。やはり、居ない。
「まぁ、もうすぐ来るだろ」
扉を閉めて店内に戻ると、
「――おわっ!?」
ソコには見慣れない人物が立っていた。
「……」
突然の事で、思考が止まった。
「ああ、失礼。驚かせてしまいましたね」
その人物は私の様子を見て、かぶっていたニット帽を脱ぎ、綺麗なお辞儀をした。
「あ、いえ、こちらこそ申し訳御座いません。……失礼ですが、先程からそちらに?」
「ええ、どうも仕事柄隠れる癖がありまして。私にはそのつもりがなくても、周囲の背景や人混みにまぎれてしまうんですよ」
ははは、と苦笑混じりに言った。
「はぁ、それは難儀な事ですね。それが今回こちらに内見のご相談頂いた理由でしょうか?」
「まぁ、そんなところです」
ニコッと胡散臭い笑顔だ。
ここは動物専門の不動産屋だ。人間の客が来るのは珍しい。そして、そういった客は大体何かしら訳ありなことが多い。
目の前のこの客もそうだ。一見目立つ格好なのにさっきは全く気が付かなかった。仕事柄と言っていたが、人から隠れる仕事とは一体何なの検討もつかない。
まぁ、こちらとしては無事入居してもらえればソレが人間でも動物でも問題はない。
「それでは参りましょか。今日の内見先は三軒ご用意させて頂いております」
まず向かったのは平原に建つ一軒家。
「まずはコチラになります」
そう言って案内したのは藁を編んで作ったような昔ながらの家。
「少々手狭かもしれませんが、その分コストが抑えられております。風通しもよく夏場は快適に過ごす事が出来ますよ」
「ふむ。何だか風が吹いたら飛んでいきそうですね」
変わらずの胡散臭い笑顔でコチラを見つめてきた。
コイツ分かっているな。
「ははは、お分かりになりますか。確かに以前強い風が吹いた時家が吹き飛んでしまった事が御座います。その時の資材がそのまま使えたので格安となっております」
この家に決めてくれれば一番良かったが、そうもいかないようだ。瑕疵があれば伝えなければいけない。不動産業の難しいところだ。
「そうですか。私は隠れるのに疲れた為落ち着ける家をと思っていますので、すぐ倒壊する家はちょっと」
案の定だ。
「作用ですか。それならば次の物件に向かいましょう」
今度は森の近く。
木造の一軒家だ。
「コチラは如何でしょう? 先程の家よりも風には強い構造になっておりますが……」
しかし、困ったものだ。
物件の情報を説明しながら歩いているのだが、ちょっと目を話すとすぐに依頼人の姿を見失ってしまう。慌てて探していると突然声を掛けられる。――何度心臓が止まるかと思ったか。
狩られるモノの気持ちが少し分かった。
「さっきよりはマシですけど、ココも所々建付けが悪いですね。ちょっとの風では問題なさそうですが、強い風が吹けば壊れてしまうんじゃないですか?」
ちっ、ココもダメか。
まぁ、いい。本命は次だ。
「そうですか。確かにこの家も過去に倒壊したことが御座いまして建て替えたばかりなのですが……。そうしましたら、最後の物件に参りましょうか。次の物件はきっとお気に召すと思いますよ」
町外れに建つ煉瓦造りの一軒家。
「如何ですか? 立派なものでしょう。全て職人による手作り。隙間もなく、風にも強い構造となっております」
自信満々に胸を張る。
「おお、コレは確かに!」
反応も上々だ。
「では、中にどうぞ」
そう言って重厚な玄関扉を開けた。
中の作りは一般的な1LDK。
「ココは良いですね」
一通り見て回ったが、好印象の様子。
家具も備え付けのため、我々はリビングに戻り、椅子腰掛けた。
「如何ですか? 先に見て頂いた二件の物件より値は張りますが、落ち着いた暮らをというお客様のご要望にはピッタリの物件だと思いますが」
「そうですね。ココに決めようと思います」
「左様ですか! ありがとうございます。 では手続きなどはまた後日担当の方へお越し下さい」
「分かりました」
そして後日。
契約書にサインを貰い、無事入居して頂く流れとなった。
「あ、そう言えばお伝えし忘れていた事が御座いました」
あたかも今思い出したかの様に。
「リビングに暖炉があるのですか」
「ああ、ありましたね。立派な暖炉が」
「はい。しかし、あの家は耐風耐震性には優れているのですが、防火煉瓦を使用していない為、火事に弱い点があります」
「何とそうなんですね……。あの暖炉に大きな鍋を置いてスープでも作れば美味しく出来そうだと思っていたのですが」
嫌な汗が背中を流れる。
「申し訳御座いません……。ご購入の件考え直されますか?」
「……いいえ、ここにします。暖炉が使えなくても立派なキッチンがありましたし」
「ありがとうございます。それではコレでご契約完了となります」
「コチラこそありがとうございました」
お辞儀をして顔を上げ時には、既に誰も居なかった。
「ふぅぅぅ」
大きな溜め息が出た。途中どうなるかと思ったが、大方予定通りに事が進んだのだ。後は夜を待つばかり。
そして夜。
私は例の家の前にいた。
夜闇の中、窓から漏れる明かりが眩しく光る。一応玄関扉を確認するが、ガッチリ鍵が掛かっておりビクともしなかった。窓も同じ。
ならば取れる方法は一つ。
いつも通り煉瓦の間に爪を引っ掛けて屋根へと登る。
向かったのは煙突。
下で火が灯されていたら一巻の終わりだったが、覗き見たところそれは大丈夫そうであった。対策しておいたかいがあったというものだ。
サッと中に滑り込む。
突如煙突から落ちてきた私――俺に相手は驚きの表情で固まっていた。
頭にニット帽。丸眼鏡。青のパンツに、ニット帽とお揃いの赤と白のチェック柄の服。側に立て掛けてある杖まで同じ柄だ。
内見の時と、さらに言えば今日の昼間会った時と同じ格好で、椅子に座りながら優雅にお茶を飲んでいた――今まで通りの胡散臭い笑みを浮かべて。
俺は一足で飛び掛かった。
トレードマークの大きな口をガバッと開いて。
そして、数分後。
辺りには血が飛び散り、その男は本当の意味でこの世から消え去った。
「隠れて暮らすのに疲れたと言ってたからな。コレでその疲れからは開放されたぜ――永遠にな」
歯の間に挟まった、赤白のチェックの布地を爪でこ削ぎ取り投げ捨てる。
「ははは。全く獲物が来るまでまちかまえていた昔が懐かしいな。今は待っていれば獲物の方からやって来てきてくれる」
動物不動産。
それは狼の狩猟場への入口。
◇
補足として、
とある人物を探し出す世界的な絵本がある。ある時から販売元に、いくら探してもその人物がいないと問い合わせに電話が殺到した。
動物不動産 菅原 高知 @inging20230930
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