細胞は砂浜で叫ぶ

有くつろ

細胞は砂浜で叫ぶ

 人は何故死にたくなると海を訪れるのだろうか。

答えは分からない、俺も何となく海を訪れる一人だったから。


 潮の香りにつられて気づけば砂浜に座っていた。

今日は太陽を一度も見ていない。雲が覆う暗い空を映す海は何だか怖かった。

そのせいだろうか、大きな音とともに前進と後進を繰り返す波はいつもより随分濁って見える。

そんなにのろのろと引っ込んだり出てきたりしないで、俺を飲み込んで空まで連れて行ってくれればいいのに。事故となれば俺は罪悪感を感じないで済むのに。

と、思う。


 立ち上がると、腰回りが若干湿っていることに気づいた。

ここにも波が来たんだ、だから濡れているんだ。

そう思うとなんだか奇妙な気持ちになる。


 俺は立ち上がり、ローファーを放り投げて裸足になった。

ジャリジャリと濡れた砂が足の指の隙間に入ってくる。裸足が鮮明に砂の様子を脳に伝えるこの感じがとても懐かしい。

生きてる、と細胞が叫んでいる。


 俺はそのまま駆け出し、波の浅い部分まで来て止まった。

そこで秋の海に入ると後悔する事を知った。つまり、非常に冷たかった。

俺は反射的に波から離れる。


 やっぱり嫌だ、飲み込まれたくない。

こんな冷たい残酷な波に飲み込まれるなんて、望むべきことじゃない。

俺は心からそう思った。

俺、というより俺の細胞がそう言っていた。

生きる為の本能が、そう叫んでいるのを感じた。


 セーラー服が砂まみれになってももうどうでも良かった。

長い髪に砂がつくことにも構わず、俺は寝転がる。

セーラー服のリボンが風に煽られて、パタパタと揺れた。


 『セーラー服?こんコスプレ用ってやつ?何に使うと?』

『文化祭で使うっちゃん』

ごめん母さん、それ嘘だった。

これは俺の鎧。

俺の『好き』を具現化して、俺の気持ちを守ってくれる強くて優しい鎧。

『女子は制服でスラックス選べるごとなったと?ばってん男子はスカートつまらんばい?』

『当たり前やろ、お前らがスカート履くと?そんなん地獄絵図じゃ』


  潮の匂いが鼻をくすぐる。

ジャリジャリと聞こえる音。

足音?

咄嗟に後ろを向くと、クラスメイトの勝又志貴かつまたしきがポケットに手を突っ込みながらこちらに近づいてきた。


 「なんね」

「なんね、ってなんね」

志貴はサラサラの白に近い金髪を風に揺らしながら、俺の隣に座った。

「別にお前に会いに来たなんて言うとらん」

「俺やて会いに来てくれてありがとうなんて言うとらんがね」

志貴は口角を上げて前を見た。

目を伏せて言う。

「相変わらずやなぁ」

それがどういう意味だったのかは分からない。


 「なんしに来たと?」

しばらく沈黙が続いた。

波の足音だけが聞こえる。

「分からん」

志貴はぽつりとそう答えた。

俺も、と言おうとしてやめる。


 「セーラー服可愛えの」

「茶化しとーと?」

「ちゃう、普通に思うただけばい。反抗的やなぁ」

「そげなこと女子に言うたら喜ぶばい。何で俺みたいなやつに言うったい」

「お前に言うても喜ばんたい?」

黙ってしまう自分が情けない。

な、と志貴。

「学校ん女子よりよっぽどあいらしか」

「くらすぞ」

「やめれ」

志貴は笑った。


 いきなり黙り込む志貴。

黙るのはやめて欲しい、と思う。波の音しか聞こえないのは少し寂しい。

やっと口を開いたかと思うと志貴は言った。

「食われに来たんか?」


 「は?」

「波に、や。食われに来たんか?」

「そうかもしれんな」

「なんね、まだはぐらかしとーと?」

志貴は真っ直ぐ前を向いて呟いた。


 「俺は食われに来てん。でも砂ん上大の字になっとうお前ば見たら、最後に話しかくるともよかかなって思うたんや」

「嬉しかね」

「やけんお前も俺と一緒に笑うんや」

「は?......意味分からん」

「どっちかが食われるまで笑うっちゃん」

「食われたらどうするん」

「それは今考えんとよかばい」


 「俺......真冬ん海には食われとうなかんだ」

志貴が言った。

「去年冬に海入ってみてん。ほんだら、ほんなこつ寒かったんや。反射的に海から上がっとった。それってまだ限界やなかって事や思うけん」


 「俺もや」

思わず呟いていた。

「俺も今日気づいたら上がっててん」

「やろ?」

志貴が小さく微笑む。

「やけんまだ頑張ろ思うたんや」

そんで、と言って志貴は俺を見た。

ニヤッと悪ガキらしく笑う。

「お前も道連れやけんな」


 「俺ば道連れにしようとしとーなんてお前も中々ばい」

「なんねそのキャラ」

波が少しずつ、俺達から離れて行った気がした。

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