第2話 英雄の血

あれから数日が経った。

俺はいつの間にか医務室に運ばれ、足や身体は完治していた。

ただ、それは医者が治したわけではないらしい。

一人の女性が俺を担いでやってきたとのこと。

あの山奥で俺を発見して担ぎ、ここまで運んでくるなんて信じられないが…


川の流れる心地よい音が聞こえる。

ここに来て一週間が経った。

現状多くの人間がこの避難施設に集まり、苦楽を共にしている。

食料が配布されるのは一日にパン一本。

悪魔を狩って食材にしたいが、悪魔のレベルが格段に上がっているらしく食料集めは困難だという。

一日にパン一本

その結果、食料争いが頻繁している。


「よこせよ雑魚が」


どれだけ殴られ、蹴られても反撃することはできない。

式神と契約している人間はステータスが式神によって急上昇している。

つまり弱い式神と契約する者や俺の様な式神と契約すらしていない者は反撃できず、食料を奪われる。

完全なる弱肉強食。

そのヒエラルキーの真下に俺はいる。


「消えろ、」


俺は必死の思いでパンを抱え倒れる。

俺の食材を狙うチンピラは路地裏に俺を引っ張り、倒れこんだ俺の背中を蹴り飛ばす。

脊髄が蹴られ、身体が跳ねる。

更に頭を踏みつけられ、靴裏の汚れを髪の毛に擦り付けられる。

そして重い蹴りが俺の頭を襲う。


「パンをよこせッよ!」


脳が揺れる。

身体が反転したようにクラクラと揺れる。

もうここ数日何も食べていない。

今日こそは生きるために食べなければならない。

俺は蹴られながらもパンに噛り付く。


「テメェ!!」


髪を引っ張られ、顔面を殴られる。

右目の視界が無くなり、痛みが無くなる。

それでも無我夢中に俺は噛り付く。

生きるために飯を食ったことは初めてだ。

今までは母さんの作る料理にケチを付けながら食事を楽しんでいた。

楽して生きてきた。

今なら母さんの偉大さが身に染みてわかる。

当たり前じゃなかった。

俺は母さんに守られていた。

それを失った気づく自分が醜い。

もっと早く気づけばよかった。

お礼を言えばよかった。

感謝をすればよかった。

言う事、聞けばよかった。

ありがとうって、ごめんなさいって、

死ねば母さんに言えるかな?

このまま死ねば、


「なんだ!?」


攻撃が止まった。

引っ張られていた髪が離され、俺は地面に横になる。

見ると俺を殴っていたチンピラは鎖に縛られていた。


「君、これは違反行為よ」


女の声

視界がぼやけるが聴覚は働いている。

しばらくしてチンピラたちの叫び声がし、チンピラの足跡が遠くなっていく。


「今、治すから」


温かい、

視界は回復し、俺を治癒した者を確認する。


「ロイ」


「なんで、俺の名前…」


「君のお母さんから君を頼まれてる。

 私はアスカ。よろしく」


美人な女が俺を覗き込んでいる。

俺はこんな美人知らない。

家にも来たことないはずだ。


「警戒してる?

 君の足を治したのも私なんだよ?

 ここに連れてきたのも」


「そうなのか…」


「食べな、」


そう言ってアスカは袋からリンゴとバナナを取り出す。


「ほら、」


「いいのか?」


「うん」


俺は勢いよくリンゴに噛り付く。

あぁ、上手い。


「そんなに慌てなくてもいいのに」


アスカはそう言って苦笑いする。

俺は一瞬にしてリンゴとバナナを完食する。

母さんが切ってくれたリンゴはいつも三切れほど食べて残していた。

皮なんてついてたら切れて放り投げていた。

けど今は皮すら惜しい。


「腹ごしらえも少し済んだ、

 本題に入る」


アスカはそう言って袋から紙を取り出す。


「ロイ、これに入隊する覚悟はある?」


紙を渡されその書かれてある文字を読む。

それは俺とは一生無縁だと思っていたモノ。


「悪魔討伐部隊の入隊…」


俺は…

悪魔と戦うなんて御免だ、そう思っていた。

式神の無い俺に戦いは無縁だと思っていた。

ただ、母さんをあんな目に合わせた悪魔を許せない。

これは罪滅ぼしだ。

母さんに言えなかった謝罪と感謝の、


「俺は式神と契約していないが、」


「大丈夫、式神が居なくても」


「本当にか?」


「うん。

 君には”英雄”の血が流れてる。

 君のお母さんの血もね、

 だから強くなれる」


「わかった。

 やるよ。

 入隊する。

 強くなって見返すよ。

 ただ一つ…」


「一つ?」


その時、アスカは身を震わせた。

完全に強者のアスカが、世界最弱であるロイに震わされた。

そして確信する。


「親父のことは話さないでくれ」


その声は、最前線で戦ってきたアスカが感じてきた猛者達の誰よりも重い声だった。

彼の言葉でアスカは確信する。

彼には、

”英雄”の血が流れているという事を。

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