事故物件希望

獅子吼れお🦁Q eND A書籍化

わたしたちの家

 その日、物件を案内したのは、若い男女の二人組だった。夫婦だろうか、仲睦まじく内見をしていた。

「どうです、こんな物件がここまで安くなるなんて、めったにありませんよ」

 私はいつも通り笑顔で接客する。

「本当ですねえ、駅チカだし、間取りもいいし、夫の勤務先からも近いし……今すぐにでも契約したいぐらい!ねー、なんでこんなに安いのか、聞いてもいいですかあ?」

 女のほうが私に聞いてきた。

「もしかして、事故物件、とか?」

「まさか!そういう物件には告知義務がありますから」

「えー、じゃあなんで?」

「今まで入居された方が皆、長く続かず……私どものほうでも半信半疑なのですが、ここだけの話、入居された方いわく、そうです」

 私はわざと声をひそめる。これでちょっとは冗談っぽく聞こえるだろうか。本当に心霊現象が起こる物件なのだが。

「深夜、誰もいないのに話し声が聞こえたり……ラップ音?っていうんですか?音がしたり」

「うわー、やっぱり安いのには理由があるんですねえ。でも、こんな素敵な物件、なかなかないし……」

 表情からして、さっきの物音の話を聞いても、住みたい気持ちのほうが勝っているようだ。よし、ここでもうひと押し。

「でもですね!逆に言えばそれだけ、なんですよ!個人的な意見ですが、変な音が聞こえるだけならイヤホンでもして寝ればいいんですよ!そう思いません?」

「あはは!確かにー!」

 女は手を叩いて笑った。のんきなものだ。

「……本当に、それだけなんですね?」

「はい!それはもう、間違いなく」

「幽霊とかも?」

「出ません!」

「祟りとか、呪いは?」

「一切ないです!ちょっと物音をガマンすれば、快適に過ごせますよ!」

「そっかあ……」

 女は、男と顔を見合わせた。

「じゃあ、ダメですね」

「え?」

 そこで私はようやく気がつく。女は結婚指輪をしているが、男はしていない。

「ねえ、お姉さん。私たちは気にしないので……もっと安くて、もっとひどい事故物件とか、ないですか?」

 女は、真剣な顔で続けた。

「それこそ、住んでたら死んじゃうぐらいの」


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