内見荒らしVS事故物件

長串望

内見荒らしVS事故物件

前回のあらすじ


 A級内見荒らしの座を巡り熾烈な争いを繰り広げるケンとアラシ。

 その決着は億越えタワマン「虎ノ穴ヒルズレジェンド」内見にて争われる。

 かつて幼馴染同士だった二人が憎しみ会うに至った理由とは。

 登場する度に彼氏が変わるヒロイン不動さんの真意とは。

 そしてなんか地味にちらつくケンの父親の正体とは。

 すべての謎を放り出したままアラシの大技「天元大脱糞」が炸裂!

 しかしケンは掟破りの荒業「110番通報」でこれを打ち破るのであった。



 宅内たくないケンの朝は早い。

 不動産の始業時間はおおむね午前十時ごろであるが、それまでに調査と仕込みを終えるのがケンの流儀だ。

 物件の下見。周辺環境の観測。近隣の交番や、巡回ルートの調査。逃走経路の確認。それらもみな仕事の内だ。


 今日もケンは朝からめぼしい物件について頭に入れ終えたうえで、始業と同時に市内の不動産屋を訪れていた。

 看板には「京麩きょうふ不動産」の文字。大手チェーンやフランチャイズではない、小規模な不動産。持ちビルは小さいが地元になじんでおり、地域密着型の強みを思わせる。


「へっ……相手にとって不足はねえな」


 店に踏み込み、店員に詰め寄るように接近し、新居を探していること、その条件、すぐにも内見に移りたいことをRTAじみた流れ作業で詰めていく。

 内見には時間がかかる。ここで手間取っているようでは、プロとは言えない。


 そう、プロ。

 宅内ケンは内見荒らしのプロだった。


 平和な時代を生きる善良な市民たる読者の皆様方におかれては、内見荒らしとは何ぞやとその不穏な響きにまゆを顰める方もおられるかもしれない。

 しかし、ご安心いただきたい。


 内見荒らしとは、読んで字のごとく住宅の内見を荒らして回るという人間のカスである。


 新生活への不安と期待に胸を弾ませながら訪れるニュービー。

 何度も繰り返される引っ越しに慣れてきたベテランの落ち着き。

 そろそろ終の棲家を探そうかと腰の落ち着け所を求める老人たち。


 そう言った善良な市民が期待と希望を膨らませて、自分が住むかもしれない住居の下見を行うことが内見である。内覧ともいう。

 不動産屋も当然、我が子のように綺麗に磨き上げて、晴れ姿を見せてやりたいのが親心。


 その聖域を土足で踏み荒らして鼻で笑うことを生涯の生き甲斐とするまごうことなき人間のカス。

 それが内見荒らしである。

 そのプロともなればカスの世界選手と言い換えてもいいだろう。

 まして宅内ケンはA級内見荒らし。選りすぐりのカスといっていい。


 しかしカスに頂点などいない。なぜならばカスは底辺だからである。

 下には下がいて、そして横を見ればその底辺はどこまでも広がっている。

 ピラミッドの最下層が最も広大であることと同じである。


 そのプロのカスが京麩不動産に叩きつけた条件は以下のとおりである。

 駅近の築浅マンションで、徒歩圏内にコンビニ、できれば郵便局も。4LDK以上で風呂トイレ別。敷金礼金なし。共益費駐車場代込みで家賃は五万以下。


 無茶振りである。

 しかも「できれば角部屋で~」などとしれっと付け加えてくる。

 当然そんな優良物件など存在するはずがない。

 夢見がちな新社会人でもまず想定しえない好条件である。


「いやいや探せばあるでしょ。わかってるよー? ほら探して。まず探して」


 この無茶振りがすでに、ケンの内見荒らしの小手調べであった。

 内見先だけでなく、内見に行く前から不動産屋に迷惑をかける、息を吸うかのように自然なカス仕草。

 わずかに三十代で人間のカス代表選手たるA級内見荒らしに上り詰めた、そのカスっぷりの片鱗をさっそく見せつけてくる。


「ええ、まあ、あるといえばあるんですが……」

「あるの!? いや、まあいいじゃん。さっそく行きましょうよ」

「いや、でも、ねえ……」

「いいからいいから」


 しかし意外にも京麩不動産は持ち札が豊かであるらしい。

 ケンもいささか困惑したが、渡りに船。善は急げ。カスは落ち着きがない。

 さっそく渋る店員を追い立て、内見を取り付けた。店員の運転する社用車にどっかりと乗り込めば、もちろん確認も取らずに煙草を吹かすことも忘れない。


(アラシとの決闘以来、どうにもツイてなかったからな。今日は幸先がいいぜ)


 内見荒らしの振るわない日々が、ケンの精神を知らず知らず追い詰めていたのかもしれない。

 そうでなければ、この奇妙に順調な成り行きを怪しく思い、いま一度冷静に確認を取ろうと考えたに違いない。

 しかし、誘い込まれるようにして宅内ケンはその物件へとたどりついてしまったのだった。


「ほーう……ちと見た目は古いが、いい感じじゃないか」

「きょ、恐縮です。築六年で、まあ築浅かというと微妙ですが、他はおおむね、条件通りかと」

「どうだかね。さっそく見せてくださいよ」


 ケンがさらりと見逃した銘板には、マンションの名が刻まれていた。

 その名も「レジデンス貴様の首はYouTubeに晒されるのがお似合いだ」。

 それは内見荒らし宅内ケンの未来を暗示しているかのようであった。


 「レジデンス貴様の首はYouTubeに晒されるのがお似合いだ」は鉄筋コンクリート造の四階建てである。

 内見先となる目的の部屋は、最上階の角部屋、404号室である。


「Not Foundってか?」

「いえ、死階の死号室ですね」

「ひゅー、脅すじゃねえの」

「きょ、きょ、恐縮です」


 どもり気味の店員が鍵を開けるや否や、ケンはその部屋を土足で踏み荒らした。

 比喩表現ではない。そのものずばり、靴も脱がずに上がり込んだのである。

 わざと土のある所を選び、泥を絡ませるように歩いてきたのはこのためである。


 汚れを擦り付けるようにして玄関に仁王立ちしたケンに、京麩不動産店員は顔をしかめた。


「お、お客さん、困りますよ。靴は脱いでもらわなきゃ」

「おっと、すまんね。アメリカ生活が長かったもんだから」

「きょ、きょ、きょ、恐縮です」


 全く意味のない嘘を吐きながら、反省の色もなくケンは乱雑に靴を脱ぎ棄て、玄関に放った。

 その下から現れるのは、素足!

 朝から歩き回ることでブーツに蒸された、むれむれの生男素足。それがフローリングにペタリペタリと脂ぎってしめった足跡をつけていく様は、不動産業者でなくとも悲鳴を上げたくなる有様だろう。

 ケンがもう少し熱心なカスであれば、水虫菌を植え付けておくことさえしただろう。


 さて、初手土足などプロの内見荒らしにとってはまさしくあいさつ程度の小手調べである。

 同じくあいさつ代わりにタール50㎎の特注タバコをふかして、真っ白な壁紙にを吹き付けることも忘れない。内見荒らしにとって自身の健康はさほどの価値を持たない。


 ゆっくりと部屋を見て回るふりをしながら、ケンは内見荒らしの算段を立てる。

 不動産屋が目を離したすきに素早く、そして確実に壁紙に傷跡を残す「カマイタチ」か。

 それとも部屋の隅に持ち込んだごみを散らばせる「クラスター」か。

 危険な賭けになるが効果は大きい「大脱糞」系は命懸けだ。


(よし……ここは手堅く盛り塩とお札を仕込んで「サマーバケーション」としゃれこむか!)


 「サマーバケーション」は一見して見えづらいところに盛り塩やお札といった曰くありげな品々を仕込むことで事故物件なのではないかという疑念を客に抱かせるテクニカルな技である。

 家賃が安いことを売りにしている物件には効果覿面の内見荒らしテクニックだ。


 早速ケンがベランダに盛り塩を仕込もうと窓に手をかけた瞬間、ケンは奇妙な事実に気づいた。

 普通の内見であれば、きれいに磨かれているはずの窓ガラスが、妙に曇っている。

 いや、これは曇りではなく……。


「て、手形だ!? い、一面にびっしりと手形が残ってる!?」

「きょ、きょ、きょ、きょ………キョーッキョッキョッキョ恐怖のキョ!」

「どういう笑い方だ!?」


 動揺するケンに、不動産屋がじっとりとした声でささやきかける。


「実はこの物件、いわゆる事故物件というやつでして……」

「な、なに!? 事前説明もなしにそんな物件に案内したってのか!?」

「内見荒らしのカスにはちょうどいいでしょう?」

「き、きさま!?」


 振り向いた先に、気弱そうな男の面影はなかった。

 京麩不動産……いや、恐怖不動産はいまや邪悪な笑みをたたえてケンを見つめていた。


「内見荒らし……希望と期待に満ち溢れた神聖なる内見の場を荒らす人間のカス! 住む気もないのに不動産の時間を拘束し、あまつさえ傷をつけ、汚し、評価を下げる最低最悪の害虫めが!」

「うるせえ!!!!!!!!!!」

「!?」


 宅内ケンは啖呵を切った。

 だが別に続く言葉はない。

 全く持ってその通りだと思ったし、プロフィールの一文としか思わなかった。

 ただ、体格のいい男が大声で怒鳴りつければ大抵のやつはひるむという経験則からとりあえず怒鳴りつけただけである。


「怒鳴ろうが無駄だ……キョーッキョッキョッキョ恐怖のキョ! この『レジデンス貴様の首はYouTubeに晒されるのがお似合いだ』404号室は貴様のような内見荒らしのカスを返り討ちにするために生み出された、人工事故物件なのだ!」

「じ、人工事故物件だと!? つまりそれは……人工的に作った事故物件だとでもいうのか!?」

「その通りキョ!!」


 恐怖不動産の不気味な笑い声に呼応するように、不気味なモヤめいた霊体が室内に染み出てくる。

 ひとつは、生前は家族だったのだろうか、親二人、子二人らしき姿が、半分溶けあいながらうごめく不気味な肉塊。

 またひとつは、孤独な一人暮らしを強いられたサラリマンであろうか、首に縄をかけやけに縦に細長くなった異形の男。

 そしてまたひとつは、猛毒コブラ遣いのインド人が異国の音楽で軽快に踊り出す。

 そう言った怨霊たちの足元に沈み込むように、いかにも人間のカスでございといった顔つきの内見荒らしどもの無念の霊が縛り付けられていた。


「貴様ら内見荒らしのカスどもを徹底的に返り討ちにすべく、無念と怨念を積み重ねた特急の怨霊たちキョ! 現在進行形の事故物件……最新の犠牲者は貴様キョ~~~ッ!!」

「ちい! 盛り塩程度じゃ……ダメだよなぁ~~ッ!!」


 コンビニで購入した食塩で作った盛り塩は、投げつけた端から黒ずんで崩れていく。

 同じくコンビニのコピー機で大量生産した胡散臭いお札も同様に朽ち果てていく。

 そしてそんなケンの奮闘虚しく、襲い掛かる猛毒コブラ怨霊といまいち状況のわかっていないその他の怨霊!


「くっ……なるほど、怨霊の強さは怨念の強さ! そして生前のフィジカルの強さ! 猛毒コブラともなればやばさの桁が違う! 毒とか……特に!」

「キョーッキョッキョッキョ恐怖のキョ! 自分のカスっぷりを後悔しながらしながら死んでいくキョ!」

「うるせえ!!!!!!!!!!」

「!?」


 大声で怒鳴りつけると普通人はひるむタクティクス!


「確かに、俺たち内見荒らしは人間のカスだ! 俺の親父や、幼馴染のアラシ、いままで戦ってきた内見荒らしたちはみんな人間のカスだった! そこで転がってる内見荒らしどもの霊だって、顔を見ただけできっとすこぶるカスだったんだろうなって想像がつく! 住む気もねえのに内見して、何の得にもなりゃしねえのに傷つけて汚して、住宅評価を落とすことに血道を上げるカスの中のカスだ! だがそんなカスだからって、死んでもいいってのか!?」

「普通に死んでほしいと思うキョ」

「…………まったくもってその通りだが! それはそれとして俺自身がその立場になったら断固として認めたくねえ!!!」

「何というカス……!」


 恐るべき猛毒コブラ怨霊を前に、宅内ケンの命は風前の灯火であった。

 だがケンは、内見荒らしである。プロの内見荒らしである。

 それはすなわち、本年度人間のカスアワード受賞予定者といっても過言ではない。


 人間のカスならば人間のカスらしく。

 自分が死ぬときであっても、他人に迷惑をかけていきたい。


「技を……借りるぜ! アラシ!」


 それは自ら掟破りの禁じ手「110番通報」で打ち破った親友アラシの命懸けの大技。

 ケンの丹田に、かつてないほどのリキが込められた。






 ◆◇◆◇◆






口コミ評価

「レジデンス貴様の首はYouTubeに晒されるのがお似合いだ」

★☆☆☆☆

 下水管が壊れてるのか、とにかく臭い


★☆☆☆☆

 信じられないくらい臭いです。


★☆☆☆☆

 臭くて吐きそう。っていうか吐いた


★★☆☆☆

 キングコブラが住んでる点は評価できる。

 でも臭い。


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内見荒らしVS事故物件 長串望 @nagakushinozomi

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