寂しがり屋の幽霊に

嬉野K

稟申岌日

「さて……説明としてはこんなところでしょうかね」


 彼女と一緒に訪れた住宅の内見。その案内人がパンフレットを閉じてそう言った。


 数年付き合った彼女との、初の同棲。心機一転新しい家に移ろうと話し合い、その下見に来ていたのだ。


 俺と彼女はまさに相思相愛。自分で言うのも何だが愛し合っていると思う。だからこそ住む部屋で失敗はしたくない。


「どう思う?」彼女が俺に言う。「結構、良いんじゃない? 駅も近いし買い物もできるし。なにより安いし」

「そうだね……」そこまで金銭的余裕があるわけじゃないので、安いのはありがたい。「でも……」


 少し気になっていることがある。


 そりゃこの部屋はおそらく良い部屋だ。少し狭いけれど、内装はキレイ。立地だって悪くない。


 俺は案内人の人に言う。


「ちょっと条件が良すぎませんか? この立地でここまで安いなんて……」

「ああ……」案内人は少し声を小さくして、「実はここ……事故物件なんですよ」

「事故物件……」もっと早く言ってくれよ。青天霹靂だよ。「……どんな事故があったんですか?」

「聞いたことありませんか? 去年……女子高生が2人亡くなった話」

「ああ……なんとなく聞いたことがあります」


 あれはたしか、ちょうど去年の話だ。まさに去年の今日なのではないだろうか。


「この部屋は……その亡くなった女子高生2人の親友が住んでいた部屋なんですよ。なんでも2人が亡くなる直前に、ここで怪談話をしたとか」

「怪談話……」

「はい。寂しがり屋のぬいぐるみが、手を握った相手を一緒に連れて行ってしまうと……そんな話だったみたいです」


 寂しがり屋のぬいぐるみ、か。


 怪談の内容なんてどうでも良い。


「しかし……亡くなった女子高生の、親友が住んでいた部屋なんでしょう? それくらいなら……よくあることなのでは?」


 どうしても人は死ぬ。ならば……親友の死を経験している人も多いだろう。


「まだ話は途中です。実はその親友も……この部屋で亡くなっているんです」

「……この部屋で……」なるほど……それは事故物件だ。「……それは……自殺なんですか?」


 親友の後を追ったのだろうか。


「それが、わからないんですよ」

「わからない?」

「はい。近くの住人の話だと……なんだか言い争っているような声が聞こえていたらしいです」

「では……他殺なのでは?」

「しかし部屋が荒らされた形跡もなく……他に人間がいたという目撃者もいないんですよ」さらに案内人の人は続ける。「しかも……その言い争っている声は、なにを言っているのか理解不能だったとのことです」


 理解不能……?


「……そんなに興奮していたんですか?」

「興奮していたのは確かでしょうけど……聞き取れる範囲の発声だったようです。しかし……なんだか宇宙人みたいな言葉を発していたと」

「宇宙人……?」

「まったく知らない単語が飛び交っていた、とのことです。おそらく外国語が中途半端に日本語に聞こえただけだとは思いますけど」


 なるほど……知らない横文字を聞いたら、たしかに変な空耳で聞こえる場合もあるよな。格闘ゲームとかでよくある。


 しかし謎の言葉を喚き散らして、さらにその後亡くなったとは……


 さらに案内人が言う。


「まぁ……幽霊と会話してしまった、なんていう都市伝説もありますけどね」

「幽霊と……?」

「はい。その女子高生が話していたのは幽霊の言葉で……この部屋にいるとその言葉で幽霊と話せるようになってしまう。そして話してしまうと……」

「寂しがり屋の幽霊に、連れて行かれる……?」

「……あくまでも都市伝説ですよ」


 案内人はこの手の話が好きなのか楽しそうだが、俺はそんな気分じゃない。


 事故物件だって? 冗談じゃない。幽霊の言葉を知ってしまって会話するなんて、まさに龍集乖離って感じだ。


「……どうしようか……」俺は彼女に言う。「……この部屋、どうする? ちょっと……やめとく?」

「え……別に良いんじゃない?」彼女はケロッとした表情で、「事故物件なんて迷信でしょ。幽霊なんていないって」

「それミステリーだったら真っ先に死ぬやつのセリフだぞ」

「私……この内見が終わったら結婚するんだ」

「……結婚はまだ先だろ……」

 

 したいとは思っているけれど。同じ気持ちで嬉しいけれど。


 とにかく彼女は幽霊のことなんて気にしていないようで、


「聞くの忘れてたんですけど……Wi-Fiとかはどうなってます?」

「Wi-Fiは完備されてますよ」

「よかった。じゃあ……メギョダレンダーはどうです?」


 彼女が言うと、案内人は首を傾げて、


「メギョ……なんです?」

「メギョダレンダーですよ。ほら、ギューリキュウのときに必要じゃないですか」

「……」案内人は笑顔を引きつらせて、「……しょ、少々お待ちください。上司に確認してみます」


 そのまま案内人は逃げるように、部屋から出ていった。


 部屋に2人残されて、


「?」彼女が首を傾げる。「どうしたんだろう……ボリバラックなのかな」

「そうかもしれないな」まぁ戯画銀耳かもしれないが。「というか……怖くないの? 事故物件なんだよ?」

「だから大丈夫だって。そんなの迷信迷信。幽霊の言葉なんて存在しないよ。ゴルガレンドリじゃあるまいし」

 

 ……


 ……


 ゴルガレンドリってなに? 


「お、おい……からかうなよ。そういうの龍彪夢烏って言うんだぞ」

「また私の知らない四字熟語を……ガルンダビューってこと?」

「そうそう。そういうことだよ」

「じゃあ最初からそういえば良いのにさ……」それじゃカッコよくないだろ。「とにかく……ここで良いんじゃない? 安いし、ククロールメードって感じだし」

「うーん……まぁ、そうかな」


 正直言って不安だ。稟申岌日だ。もしかしたら彼女や俺が突然、謎の言葉を発する可能性だってあるのだ。


 しかし……この部屋を彼女は気に入っている様子である。ならば……ならばそれを優先したい。今の俺にとっては彼女の幸せが最優先だ。


「じゃあ決まりだね」彼女が手を叩いて、「この部屋で決定。来望くるみもそれでいいよね?」


 ……


 ……


 来望くるみって、誰?

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