こんな僕でも英雄になれますか?

釜技士

第1話

「満開の桜と木々の新緑、美しい草花が…」


 また始まった強力な睡魔の呪文に抗いつつ、丸まってきた背中を椅子に合わせて伸ばし直す。


 ステージの奥の垂れ幕には大きな文字でデカデカと、入学おめでとうと筆記体で書いてある。


 その下の壇上で祝辞を読み上げるモーニングコートに身を包んだ年配の男性の目には、祝う気配など全く見受けられず、ただひたすらに呪いを紡ぐだけの悪魔の操り人形と化していた。


 睡魔に抗う術はないものかと、重くなったまぶたを押し上げ、目だけで周囲の生徒を観察する。


 すると視界の右端に、船を漕いでいる大柄な坊主頭の男子生徒がいた。


 時折何かを思い出したかのように顔を上げるが、変わらないステージに興味なさそうにまた船を漕ぎ始めた。


 その様子にセリフを付けて遊んでみると、予想以上の傑作に思わず口の端が少し上がってしまった。


 他にいい素材はないか、今度は担任席を見る。


 できて4~5年の私立高校だからか若い先生が多く配属されていて、緊張で姿勢良く固まっている。


 その中で不機嫌と誰にでもわかる顔をした若い男性教師が、こちらを凝視していた。


 恐らく寝ている坊主頭の生徒を見つけてしまったのだろう。


 入学式という新しい門出を祝う式典に、そんな顔をするのはいかがなものかと思ったが、自分も寝かけていたことを思い出し、なんとなく気まずくなって壇上に視線を戻す。


「…のご発展と、御臨席の皆様のご健勝をお祈り申し上げ、私からのお祝いの言葉とさせていただきます。」


 校長の祝辞が終わり、新入生が全員起立する。


 ワンテンポ遅れて坊主頭が立ち上がったのを見ると、さっきの思い出し笑いをしそうになり、それを隠すように深く礼をして、着席した。


「続きまして、PTA会長の吉田様より祝辞を…」


 わかっていることなのにうんざりする自分に、30分後には終わっていると言い聞かせ、再度起立した。


 ーーー


「新入生、退場」


 30分では終わらなかったぞと、過去の自分なじりつつ、体育館を出た。


 前の生徒は先頭が動かないのをいいことに、思い思いに体をほぐしたり、喋ったりしている。


 1年生の教室は最上階の4階にあるため、階段を登る必要があり、そこで詰まっているようだ。


 僕は県外から引っ越してきたから友達がまだいないんだよと、誰に聞かせるでもなく心の中で言い訳をしていると、渋滞が解消されて前の生徒が歩き始めた。


 校舎内は掃除が行き届いており、中庭にもとても大きな1本の桜が満開に咲いている。


 今年の開花予想日よりも遅いなと思いつつ、桜を見つつ最上階を目指して階段を登っていく。


 僕のクラスは1年8組で、階段を登りきって右を向くと一番手前にある。


 朝のクラス発表のときは、あまり廊下で人とすれ違わずに登下校できると嬉しくなり、その場で小さくガッツポーズをしてしまった。


 僕にとってはそれほどまでに重要なことなのである。


 教室の中もとてもきれいで、大切に使われていたことがよくわかった。


 後1ヶ月、下手したら一学期の終わりまでこの席かとため息をつく。


 僕の席は6列ある内の一番左の最前列だ。


 なぜ出席番号順にしなかたのだろうか。


 僕含め全員が席に着くと、入学式の時、眉間にシワを寄せていた先生が教室の中に入ってきて口を開いた。


「入学おめでとう。これから一年間、このクラスの担任をする秋岡あきおかだ、よろしく。君たちは今日から晴れて高校生になったわけだが、ルールやマナーを守って楽しい高校生活を送ろうな」


 そう言いながら僕の担任あらため秋岡先生は、出席を取り始めた。


 どうせ憶えられないよなとは思うものの、一応クラスの名前を聞いておく。


 すると、入学式で寝ていた坊主頭に秋岡先生は反応した。


高松たかまつ 航一郎こういちろう


「はい」


 椅子にもたれかかりながら気だるげに答える高松と呼ばれた生徒に、秋岡先生は続ける。


「その態度と返事は何だ。それに入学式では居眠りをしていたな。今回は注意だけで済ませておくが、次に同じようなことをした場合、補導対象だからな」


「わーったよ」


 ふてくされながら返事を返す高松に秋岡先生はため息をついた。


 これから一年間苦労していくだろうなと、哀れみの念を送っていると僕の名前が呼ばれた。


本条ほんじょう かける


「はい」


 意外と大きな声が出てしまい、自分でも驚きながら返事をする。


 先生から呼ばれた通り僕の名前は本条翔。


 容姿は普通だと思うが髪の毛が癖っ毛なんだよな。


 そう考えながら、髪の毛をいじっていると秋岡先生が出席を取り終わり、次の説明に入っていた


「地元に住んでいる人は知ってると思うが、ここは大阪府八尾市おおさかふやおしにある私立江見高等学校しりつえみこうとうがっこうだ。市条例が特殊なため高校のルールもだいぶ違う。確認しておくように」


 それは知らなかった。


 後で確認しておこうと心に決める。


 秋岡先生の話も終わり、今日はこれで下校できる。


 配布された大量の教科書等を学生カバンに詰め込み、部活は何に入ろうか考えつつ、帰路についた。


 ーーー


 僕は親に勧められて、滋賀から江見高校から徒歩10分位の場所にあるアパートに引っ越してきた。


 僕の住んでいるアパートは、外観は汚れが目立つが、テレビやエアコン等があり、快適に過ごせている。


 カバンを置くと、ゴトッと鈍い音がすると同時に、体が宙に浮けそうなほどに軽くなった。


 変な浮遊感を感じながら、1年間でこの全てを勉強しなければならないのかと心が鉛になったかのような気持ちになりつつ、テレビを付けた。


「東京都で、原因不明の小さな地震が発生しました。原因不明の地震は国内では初めての事例となります。専門家は「プレートの関係ない場所で地震が発生しており、日本では前例がない」と…」


「とうとう日本にも来たか」


 この原因不明の地震は去年の5月中旬から世界各国で、場所や時間に関係なく発生している。


 規模は大体マグニチュード3~5程度のもので、アメリカの研究者を中心に組まれたが、まだ、前触れもなく起こる事と、震源があやふやな事以外、何もわかっていないらしい。


 地球温暖化や酸性雨、砂漠化とかは聞くけど、ちゃんと原因がわかっているから対策できるが、原因がわからないとなると本当にこれから世界はどうなっていくのだろうか不安になる。


 そんな事を考えながら、僕は明日の授業に向けて教科書を整理し始めた。

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