第2話 牧場トウタ

 牧場トウタは齢十四にしてゴミ捨て場で命を落とした。


 彼が生まれ育ったのは酒とタバコとゴミのにおいが絶えない灰色の町だ。勉強をするものは馬鹿とみなされ、地べたでたむろする者が絶えず、そして暴力の価値が高かった。


 トウタは、漢字では淘汰と書く。金を持ってどこかへ逃げた父のつけた名だ。くだらない、と彼自身は思っている。暴力で解決することがあたりまえの世界なんかどうだっていい。それ以外の世界になんてどうせ行けない。そう思うだけでイライラする。トウタの心には、常にある感情がぽつーんと居座っていた。しかし、それに名前を付けるだけの言葉を、彼は持っていなかった。トウタには力しかなかった。それが腹立たしくてならなかった。


 トウタの母は、今度こそはとよく男を連れ込んだ。その男が暴力をふるうので、トウタは大人の男すら殴り倒せるようになった。家から逃げて、薄暗く猥雑な町をふらふらしていると、喧嘩を売られる。逃げても解決はしない。そして殴りあっていると怒りやイライラを忘れられる。だから彼は殴った。そうしているうちに、否応なくトウタの強さは有名になった。


 そんな彼に、唯一心許せる相手ができた。一匹の野良猫である。首輪はなく、やせ細った体で、ゴミ捨て場にあった椅子の上でにゃあにゃあと鳴いていた。ほんの気まぐれで飲みさしの牛乳を分けてやったら、次の日に通りかかったときににゃおんと甘えた声でトウタの足元に座り込んだ。


 生き物が安心する姿を見るのは、始めてかもしれない。トウタはそう思った。猫の鳴き声を聞いていると、あの、ぽつーんとしたわけのわからぬ感情が薄れていくのが分かった。それから、トウタは毎日学校が終われば猫のもとに餌をやりに行き、何をするでもなくただ猫と過ごした。


 しかし、そんな日々は長くは続かなかった。


 そろそろ名前でも付けてやろうかと考えていた矢先、猫がいなくなった。

 必死で探すトウタに、にやにやしながら近づいてくる集団があった。それはかつて、トウタにやられた高校生たちだ。

 彼らは復讐を企て、そのために、トウタが大事にしていたものを人質にしたのだ。


 トウタは腹の底から怒り、拳を振り上げた。

 最後に立っていたのはトウタだったが、頭から流れる血は止まらず、狭まる視界の中、彼はふらふらと、最初に猫と出会ったゴミ捨て場までたどり着き、そこで力尽きた。


 意識を失う瞬間、愛しい猫の聞きなれた鳴き声が聞こえ、トウタはかすかにほほ笑んだ。

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