第1章 危険な幼女はいかがですか?

第1話 ほっぺたフェチはいかがですか?

 おっぱい派か、おしり派か?


 これは全男子において尽きない議論であることは承知だろう。


 おっぱい派はその双峰には夢と希望が詰まっており、その温もりに包まれたいという。


 おしり派は女性らしい体のラインをつくる最重要パーツであり、その弾力に埋もれたいという。


 しかし、敢えて言おう。


 彼らは浅はかである、と。


 彼らは第三の勢力、ほっぺたにまだ気付いていないのだ。


 ほっぺたなんて男性も女性も変わらないじゃないか、という馬鹿げた意見も出てくるだろうがそんなのはおしりにも言えることだろう。


 それにほっぺたにおいて、男女の差異は明確に存在する。


 肌のきめ細やかさ、そして弾力が段違いなのだ。


 当然だろう。


 女性は男性よりも肌を気遣っている上に、丸みを帯びて柔らかい。

 

 指先に気持ちいい触覚を与えるには条件が十分揃っている。


 つまり、ほっぺたは女性にとって最重要パーツであり、最高傑作なのだ!


 そんなことも気づいてない男共には俺が警鐘を鳴らして――。



「お兄ちゃーん!今日の晩ご飯何がいいー?」

「……おっと」


 リビングのほうから甲高い声が聞こえてくる。


 俺は夢中になって書いていた日記帳を閉じた。


 表紙には崩れた文字で「ほっぺたノート vol.13」と書かれている。


 もうこんなに書き進んだのか、と俺が日記帳の表紙を撫でていると。


 奥のほうからドタドタドタッ、と足音が響き、勢い良く俺のいる部屋の扉が開かれた。


「お兄ちゃん!今日の晩ごはん何がいいかって聞いてるじゃん!無視するんだったらつくらないよ!」

「ああ、ごめんごめん。ただね、うがいちゃん。俺もそろそろ高校二年で思春期真っ只中なんだよね。扉開ける前にひとつノックしたほうがお互いにとっていいと思うんだけど――」

「うるさいうるさい!だったらもっと早く返事してよね!」


 俺の妹、鬼灯うがい――通称うがいちゃんはプンプンと怒っていた。


 さくらんぼの髪留めでつくられた短いツインテールが触角のようにくねくねと動いている。


 うがいちゃんが怒ると、怖いというよりむしろ愛おしいと感じる。


 これから中学三年生になるにしては身長が低いし、どんなに眉間にシワを寄せたって目が真ん丸すぎて眼光が鋭くならないのだ。


 俺がうがいちゃんの言葉に微笑ましく頷いていると、より一層うがいちゃんの眉間のシワが深くなった。


 うがいちゃんの視線の先には俺が持っている日記帳があった。


「また変な日記書いてたんでしょ!そんなの書いてたら社会にとって危険が危ないよ!犯罪者予備軍だよ!」

「これはいつかのほっぺたフェチ勢力拡大計画のために必要なんだ!あとちょっとうがいちゃんの日本語変だぞ……」

「そうやってすぐお兄ちゃんはごまかす!」

「……………」


 うがいちゃんはやたらと意味の重複した日本語を使いがちだ。


 何度も注意しているのだが一向に直る気がしない……。


「そんなお兄ちゃんにはもう晩ごはんつくってあげないんだからね!後で後悔したって知らないんだから!」


 そう言ってうがいちゃんは俺の部屋の扉を音を立てて閉め、またリビングのほうに行ってしまった。


 あとうがいちゃん……、「後で後悔する」も重複表現だ……。


 それを指摘したところで余計うがいちゃんの怒りを買うだけだろう。


 今はそっとしておくことが得策だ。


 まあなんだかんだ、うがいちゃんという生き物はこういうときでも俺の分の晩ごはんをつくってくれるのだ。


 うがいちゃんのそんなところが可愛いし、愛おしいと思っている。


 俺はいわゆるシスコンってやつだ。


 別に隠すことではないと思っているし、むしろ自分がシスコンであることを誇りに思っている。


 俺たちの両親は共働きでどちらも海外出張が多い分、普通の兄妹よりも一緒に過ごしてきた時間が長いように思う。


 そして家では二人三脚で常に協力してきたのだ。


 好きになるのは当然のことだろう。


 うがいちゃんのほうはそうでも無さそうだが……。


 それに、シスコンになった大きな理由がもう一つある。


 うがいちゃんのほっぺたが素晴らしく気持ちいいのだ。


 俺のほっぺたフェチの起源といってもいい。


 摩擦を感じないくらいすべすべとした肌。


 指を押し込めばもっちりとした感触が神経に伝わり、脳が揺さぶられる。


 一瞬にして、快楽に墜ちてしまうのだ。


 俺はうがいちゃんのほっぺたを触ることが中毒になってしまい、もう長らくやめられないままでいる。


 いつもはうがいちゃんの寝ているときを狙ってよく触っていたものだが、「お兄ちゃんがほっぺた触るから、人の気配で起きられるようになった」と特殊部隊並みの防衛力をうがいちゃんが手にしてしまい最近は全然触れていない。


「くそッ!そろそろうがいちゃんのほっぺた触らないと禁断症状が……」


 俺は頭を抑えながら日記帳を机にポンと置いた。


 ふと、時計を見やる。


 すでに午後十時を回っていた。


「ゲッ!もうこんな時間かよ。明日の準備まだなんにもやってないわ……」


 俺は床に転がっていたカバンを手に取った。


 明日は始業式である。


 短い春休みが終わり、またなんてことない俺の高校生活が始まるのだ。


「とは言っても、明日は筆記用具だけ持っていけば大丈夫か……。でも、何か忘れているような気が……。ッて――!」


 俺は忘れていることを思い出し、肝を冷やした。


「今日まだ餌やりやってねーじゃねえか!」


 今日はいつもよりもほっぺたノートを書くことに夢中になっていたらしい。


 毎日の日課である学校のうさぎの餌やりをすっかり忘れてしまっていたのだ。


 春休みも毎日欠かさずやっていたというのに……。


 とにかく今は後悔している場合じゃない。


 クローゼットから適当に取った上着を羽織り、急いで玄関へと向かった。


「うがいちゃん!ちょっと一瞬だけ学校行ってくる!」


 そう言って俺は裸足のままサンダルを履き、家を飛び出した。


 何か後ろのほうからうがいちゃんがあーだこーだ言っていたような気がするが、俺の耳には届かなかった。

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