好きな漫画を語る

和歌山亮

This コミュニケーション

皆さんこんにちは。


この文章は、私が大好きな漫画である『This コミュニケーション』について多くの方に知ってほしいという思いから、その魅力をお伝えすることを目的として執筆しました。というのは建前で、先日 (2024 年 3 月 4 日発売のジャンプ SQ.にて)、完結したこの漫画の"良さ"について語りたいという自身の欲求を満たすというのが、ほんとうの目的です。しかし、オススメ漫画紹介という見かけ上の設定を守るため、なるべく本編の内容に立ち入らずに以後話を進めたいと思います。また、ここから先の話は漫画も脚本も素人である私個人の意見であり、的外れなことを言っていたとしても大目に見ていただけると幸いです。


***


まずは、本編の冒頭について簡単に紹介したいと思います。


地球に突如、巨大な芋虫のような姿の生物『イペリット』が湧き人間を襲い始めた。それにより人間の数は激減しイペリットが排出する毒ガスによって居住区も狭まっていった。人類は一丸となってイペリットに戦いを挑んだが、現在では完全に人類側の負け戦となっている。そんな中、軍人である主人公の『デルウハ』は、日本の山奥に未だ毒ガスに汚染されず、イペリットとの戦争に勝利するための兵器開発を続けている研究機関があることを耳に挟み、独断で接触を図る。乗ってきた航空機は墜落により破損し持ち込んだ物資も尽きてようやくたどり着いた研究施設で開発されていたのは、人体改造によって不死身と怪力を手に入れた少女たち、『ハントレス』であった。彼女たちは少数でイペリットと渡り合える潜在能力を秘めているものの、精神的な幼さもあり統率や連携が全く取れていない様子である。すでに母国へ帰る手段を失っていたデルウハは、研究所の所長に対し、研究施設に住む代わりとしてハントレスを教育・統率する指揮官役をかって出る。


ここまでが、第一話の流れと基本的な世界観の説明となります。未読の方はここまでの話で、「なるほど。SF チックな世界観が魅力なのだな。」「戦闘描写がすごいのかもしれない。」と思うかもしれません。確かに、世紀末的な世界観や設定はこの漫画の大きな特色の一つといえるでしょうし、想像もつかない勝利方法やストーリー展開は「シンプルに話づくりがうますぎる!」と感嘆せざるを得ません。

しかし、私は、この漫画の魅力の根幹は、『愛すべき主人公、デルウハ、の揺るがぬ人間性』であると断言します。とにかくデルウハが愛され属性なのです。

上の説明は世界観についてが主でしたので、次は主人公デルウハについて述べていきたいと思います。


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デルウハの行動原理を語る上で、重要な要素は大きく二つあります。


一つは、『自身の食に対する欲求を何よりも優先する点』です。

先の冒頭部において、日本の研究機関に接触した理由も、"人類がイペリットに対抗する手段を得たい"という利他的な考えは全くなく、"今いる母国よりは飯が食える日が長く続きそう"という超個人的な理由です。逆に、それ以外の欲求は皆無に等しく、第一話にて物資(食料)が尽きた際には、飯が食えないなら生きる意味はないとして迷わず自死を選択するほどです。(直後にハントレスに見つかって助かりましたが。)


そして、二つ目は、『他人に対する情が全く無く、目的達成のため徹底して合理的な判断を下す点』です。

これは戦闘における判断が冷静かつ適切であるという意味合いも当然含みますが、それ以上に、『他人に対する情が全く無い』という点は物語の根幹に関わる要素となっています。

冒頭部において、「ハントレスを教育・統率する指揮官役をかって出る」と書きましたが、このあとデルウハは研究所の所長から、"ハントレスは死亡した肉体が再生する際に死亡直前の一時間分の記憶を失う" という弱点を聞かされます。

しかし、デルウハはこの性質を逆に利用し、"ハントレスの殺害を繰り返してハントレスから信頼を得られる言動のみを記憶に残すことで良い指揮官役を演じる" という戦略を取り、この行動が物語の軸となっていきます。

これはハントレスに限った話ではなく、デルウハは普通の人間に対しても利がある(最終的には自分の飯に繋がる)と判断すれば微塵の躊躇もなく排除するようなキャラクターとして描かれています。


ここまでの話をまとめると、デルウハは "自分が飯を食うためなら他人の命だってどうだっていいし少女も殺しまくる超利己的なクソ野郎" ということになります。

これは全く正しいのですが、この情報だけを見るとデルウハという主人公を全く愛せる気がしません。実際、他の漫画で似たような属性を持つ尖ったキャラクターは物語を動かす装置としての役割も含めて読者の印象に残ったり好まれることはあれど、人間性を愛されることは稀ではないでしょうか。


しかし、この漫画は複数の要素によって、このクソ野郎を愛すべきキャラクターに昇華させているのです。

個人的に、私はこれがこの漫画の最もすごいところだと思っています。


***


デルウハを愛されキャラに仕立てる仕掛けとして、私は二つあると思っています。


一つは、『世界観や設定から、デルウハの行動によって状況が悪化せず、むしろ好転している点』です。

他作品の殺人鬼的なキャラクターにヘイトが集まる要因は、"キャラクターの行動が倫理的にアウトであるから"という現実的な視点よりも "他の善人のキャラクターがひどい目に合い、最悪死亡して物語から退場してしまうから" という被害を被ったキャラクター への共感や今後出てこないのが悲しいという感情に由来するところが大きいと思います。

一方で、ハントレスは何度も殺されて記憶も操作されていますが、設定上、不死身のため物語から退場することはありません。むしろ、記憶の操作によってハントレスとデルウハの関係はどんどん良好になっていきますし、デルウハの指導によって精神的に成長し、訓練によって連携もとれるようになっていくので、ハントレス側としても(何度も殺されていることに目をつむれば)良いことづくめという状況です。さらに、そもそも今は人類側の負け戦の最中で、作中でも "デルウハが研究施設に来なければハントレス同士の連携が取れないと倒せない強いイペリットがそのうちやってきて研究施設自体が無くなっていただろう" ということが明言されています。

このように、デルウハの殺害行動自体によってキャラクターが退場せず、むしろ利をもたらしいていることは、読者がデルウハの行動を許容する理由になっています。


二つ目は、『デルウハはほとんどの感情表現が極々ふつうである点』です。

一般に、合理主義者や他人の命を何とも思わないサイコパスキャラというのは、無感情であったり感情の起伏が過剰であったり偏っていたり、感情表現が普通のキャラクターと異なることがほとんどだと思います。

しかし、デルウハに関しては一部の感情表現がめちゃくちゃまともなのです。ハントレスが想定と違う行動をしていると露骨に苛立ち、作戦失敗の理由がしょうもない理由であったなら呆れて大きくため息をつき、敵の姿や行動が想像から大きく外れたときには普通に焦ったり驚いたりします。

こういう感情表現を見せながら躊躇なくハントレスを殺すので逆にサイコパスかもしれませんが、こういった仕草が合間合間の場面で挟まることによって、デルウハに対して共感を覚えることができます。これは感情表現が異常な他のサイコパスキャラと大きく異なる点であり、デルウハというキャラクターの不快度を下げる要因になっていると思います。


以上のことから、デルウハが起こす殺人について、読者は「まあ最終的にはプラスになっているし、デルウハいなかったらそもそも詰んでるから」という理由で許すことができます。さらに言えば、殺害されたキャラクターが復活することで、ごく普通の負の感情表現を起点に行われるデルウハの殺害行動はギャグマンガのそれのように軽くなり、その結果として "倫理的な観点は置いておいて言動が面白いのでデルウハという人物をなんだか憎めない"という領域までキャラクターを押し上げているのではないかと思います。


***


This コミュニケーションは、上のような要因によって愛されキャラクターとなった主人公デルウハがハプニングにキレ散らかしながらハントレスを殺害しつつ、共に困難を乗り越えていく物語です。


ここまで書いておいてなんですが、これが販促に繋がる紹介となっているかは甚だ疑問ではありますし、主人公が主人公だけに万人にお勧めできる作品ではないとは思います。


ただ、読んでいただいた方の中で少しでも This コミュニケーションに興味を持っていただけた方がいれば、手に取ってみることを強くお勧めしておきます。

今回は主人公デルウハについての語りが多くなってしまいましたが、最初の方でも述べたように、物語の展開がとにかく予想できないので、主人公に強烈にハマらなさそうでも十分おすすめできる作品です。

そして、主人公が気になった方には、当然さらに強くこの作品をお勧めしておきます。デルウハとハントレスのことが好きになれたら最高の最終回になると思います。


私の文章が This コミュニケーションに触れるきっかけになれば幸いです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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