異世界住宅の内見は危険な香り

八万

住宅の内見は危険な香り


 フードを目深まぶかに被った私は、ある男と小高い丘の中腹にポツンと存在する建物まで歩いて来ていた。

 霧雨が降っていたので、マントとフードは自分の顔と体つきを隠すのにちょうどよかった。


 家の周りは雑草が伸び放題で、殆ど手入れされていないようだった。

 近くの村からも大分離れているし、きっと空き家になって長いのだろう。


「うひひっ、こちらが今一番お勧めのおうちでさぁね」


 私の身長の半分くらいの不動産屋の爺さんが、ツタで覆われたさびれた一軒家を指し、私を見上げながらニタニタといやらしい笑みを浮かべている。


「ほぉ、なかなかおもむきのある、いい家ではないか」

「そうでげしょ、そうでげしょ。これは掘り出し物でげすよ~、お客さんはほんまツイているでげすよ~」


 爺さんは揉み手をしながら、不気味な愛想笑いをするも、濁った眼の奥は笑っているようにはとても思えなかった。


「中を見ても?」

「もちろんでげすよ~、ひひひっ」


 爺さんは待ってましたとばかりに、古くなって建付けの悪くなった木製のドアを開けると、さあどうぞとニンマリ怪しい笑顔で手招きしている。


 私がフードを外し家の中に入ると、後ろでバタンとドアの閉まる音がして、周囲は真っ暗となった。


「おい爺さん、灯りをつけてくれ」

「ひひひっ……いま点けるでげすよ~」


 後ろで指を鳴らす音がすると、天井と壁掛けのランプが灯り、部屋全体が見渡せるようになった。


 荒れた部屋の中央にオンボロソファが二台、背の低いテーブルが一台。

 そしてテーブルに汚いブーツをのせ、酒瓶をあおっている、いかにも盗賊風のむさい男達三人が、こちらを下卑た表情で品定めをするかのように見てくる。


「ひゅ~! 爺さんやるじゃねぇか。こらぁとんでもねぇベッピンだ。今夜は楽しめそうだぜぇ! ひゃっはぁっ!」


 その内の一人、無精ひげの男が酒瓶を高々と掲げ、歓喜の声をあげると、他の二人も同様に口笛を吹いたり、下品な言葉を浴びせてきた。


「おい爺さん、内見は私だけではなかったのか?」

「ひっひっひっ、おバカな女でさぁね~。ここはワシら盗賊団のアジトでげすよ~、まんまと騙されたでげすね~、ひっひっひっ」


 男達に警戒しながら、後ろの不動産屋の爺さんに尋ねると、心底愉快そうな返事が返ってきた。


「ようよう、ネエちゃんよぉ、こんな辺鄙へんぴなとこに女一人で住もうなんざ、何か訳アリなんじゃねぇのか? もしかして、しつこい男から逃げてるとかかなぁ? 親切なこのお兄さんが助けてあげようか? ひゃっはぁっ、ぶははははははははははっ、げふっ」


 無精ひげの男がそう言うと、ヨタヨタと千鳥足で酒瓶片手に近付いて来て、私の首に馴れ馴れしく腕を回し、酒臭い息を吹き掛ける。


「いや、遠慮しておく。それよりも、頼みたい事がある」

「お? 何だ? 俺に彼氏になって欲しいってか? がはははははは……は?」


 私はマントの下からナイフを取り出し、私の尻をイヤらしい手つきで撫で回す男の首筋を、躊躇ためらいなく切り裂いた。

 男は何が起こったのか分からぬ様子で、目を見開いたまま血を吹き出し後ろにどっと倒れる。


「このアマっ! 何しやがる!」

「くそっ、まさか、ギルドからの回し者か!」


 ソファで酒を吞みながら冷やかしていた男二人が、慌てて剣を抜き私の前方で構えるも、酔っているのか足取りは覚束ない。


「ほぉ、察しがいいな。褒美に私の正体を死に土産に教えてやろう。私は、ギルドA級探索者にして、ビスタンチ王国近衛騎士副団長――メイナリンク」


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