みんなの白取さんなら俺の隣で寝てるけど?
青春詭弁
第1章 出会い
第1話 目が覚めたら好きな人が隣で寝てたけど?
1
「すーすー」
寝息が聞こえる。すぐ隣からだ。
ベッドの上で身動ぎすると、右腕に柔らかな感触を覚える。それに続いて、仄かな温かみを感じ、あきらかな異物が俺の隣に存在していることに気づく。
その違和感に、脳がただちに覚醒を開始。
「ぱちくり」
瞼を開いて、寝ぼけた瞳のピントが徐々に合うと――目の前に人がいた。
「( ゚д゚)?」
今、自分の顔を鏡で見たら顔文字みたいな顔になっているに違いない。それくらい俺は驚愕していた。
当然だ。目が覚めたら美少女が隣で寝ていたのだから。
そう――美少女だ。
端正な顔立ちで、切れ長な瞳で、凛々しい面持ちをしたショートヘアの美少女。美男と言われても疑いを持たれない中性的な容姿をしている。
俺が彼女のことを知っていなければ、男が隣で寝ていたと思い込んでいたに違いない。
彼女の名前は白取(しらとり)小鳩(こばと)。
飛翔(ひしょう)高校の2年生だ。
で、なぜ俺が彼女と寝ているのだろう。
たしか、お昼休みのチャイムが鳴って……いつものように保健室で仮眠を取ろうと思ったのだ。
養護教諭から誰も使ってないベッドを使う許可をもらい、「おやすみなさい」と布団をかけて鼻提灯を作っていたはず。
ここまではしっかり覚えている。そして、目が覚めたら隣で彼女が寝ていた。
「( ゚д゚)???」
頭上に疑問符がたくさん浮かんだ。
「んんっ」
と、ここで白取小鳩が身動ぎする。
どういう状況か分からんが、なんだかこのままだと悪いことが起きそうな予感がする。
俺の悪い予感の的中率は99割(?)は当たるから、99割(?)間違いない。
というか、なんかいい匂いするし。女子とほぼ密着している状態とか、健全な男子高校生にはいろいろ刺激が強すぎるのである。
「そろーり」
俺は彼女を起こさないようこっそりベッドから抜け出そうとして――。
「ぱちくり」
白取小鳩がおもむろに目を覚ました。
「「……」」
目が合う。
「ど、どうも」
「……」
「……」
「へ……」
「へ?」
「変態だあぁぁぁぁあ!?」
「えええええええ!?」
白取が叫びながら飛び起きたのに合わせて、俺もベッドから起き上がる。
「ひ、人が眠っている間に寝込みを襲おうとするなんて! 最低だよ!?」
「ご、誤解だ! 俺がここで寝てて、目が覚めたらお前がいたんだ! むしろ、お前が人の寝てるところに潜り込んできたんじゃないか?」
「なにをバカなことを……!」
やはり、悪い予感は当たってしまった。
どうしよう。このままでは濡れ衣を着せられてしまう!
「ちょっと」
かしゃっと音を立てて、周囲を隔てていたカーテンが開かれる。声の主は、白衣を見に纏った血色の悪い女性であった。
すらっとした身長で、肩ほどのショートヘア。額には、先ほどまで寝ていたのかアイマスクが着いたままになっている。
烏丸(からすま)黒羽(くろば)。
この保健室で養護教諭をやっている人である。
「一体なんの騒ぎよ……人が気持ちよく寝ているっていうのに……」
「先生。一応、勤務時間中では?」
俺が小声で注意すると、烏丸先生は「こほんっ」と咳払いを1つ。
「一体なんの騒ぎよ。保健室では静かにしなさい」
自分が寝ていたことはなかったことにしたいらしい。
「こ、この人がボクが寝ていたところ寝込みを襲おうと……」
「誤解だ」
烏丸先生は「ふむ」と小さく頷く。
「白取小鳩」
「な、なんでしょうか?」
「私から見れば、彼――横木(よこぎ)泊(とまり)のベッドに後から潜り込んだのは君の方だと思うけれど?」
「え?」
「なぜなら保健室に来たのは横木泊の方が先だし、あそこのベッドを使っていたのも見ているもの。白取小鳩は後から入ってきたでしょう? なら、横木泊のベッドに後から入ったのは、必然的に白取小鳩ということになるんじゃないかしら」
烏丸先生の話を聞いて白取は数瞬固まっていたが、すぐに居住まいを正すと俺に頭を下げてきた。
「も、申し訳ない……! ボクの早とちりだ……!」
「あ、ああ……いや、分かってもらえればそれで……」
「本当にすまない……」
「いや、もう頭をあげていいから」
誤解が解けたのを見ると、烏丸先生は「あまり騒がしくしないでちょうだいね」と再びカーテンを閉めた。
取り残された俺は頭を下げている彼女に「どうして俺のベッドに?」という当然の疑問を投げかけた。
「その……あまりにも眠かったものだから、保健室で仮眠を取ろうと思って……」
「分かる。俺も毎日来てるから」
「まいに……え?」
なにを隠そう――俺は睡眠が大好きなのである。
「普段はアイマスク持参してるんだけど、今日は忘れちゃって……」
「そ、そうなんだ?」
「白取も寝るのが好きなのか!?」
「急にテンションが高い……」
おっと、失礼。
「ボクは……別に……」
白取はなにやら複雑な表情を浮かべてそう口にする。はて、どうかしたのだろうか?
「というか、ボクのこと知ってるんだね……?」
「まあ、同じ学年だから」
「そうなんだね?」
と言っても、白取小鳩はうちの高校じゃ有名人だ。どの学年でも知らないってやつの方が少ない。特に俺は、彼女のことを忘れたくても忘れられないし。
「とにかく、あまりにも眠すぎて視界もぼやけていたんだ。それで、ベッドで先に寝ていた君にも気づかずに隣で寝てしまったんだと……思う。本当にすまない」
「いや、そういうことなら。もう気にしてないし」
「ありがとう……最初に疑ってしまったことも本当にすまない」
それも気にしていない。にしても、視界がぼやけるほどの睡魔ってどういうことなのだろうか?
「昨日、夜更かしでもしたのか?」
何気ない質問だった。だが、それが白取のどこかに触れたのか――。
「……そんな感じかな」
明らかに彼女は答えを誤魔化した。
キーンコーンカーンコーン。
ふと、そのタイミングで5限の予鈴が鳴り響く。
「あ、すまない! もう教室に戻らないと……! 次の授業は体育なんだ!」
「そ、そうか? でも、体調が悪いなら休んだ方が……」
「大丈夫さ。それじゃあ、本当に悪かったね」
「あ、うん」
白取はどこかフラフラとした足取りで教室へ戻っていく。まだ眠いのだろうか?
「……大丈夫かなぁ?」
「君もはやく教室に戻りなさい、横木泊」
「烏丸先生」
「なにかしら」
「せめてアイマスクは外して言ってください」
「……おやすみなさい」
おやすみなさい。
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