不動産屋に案内された先がどう見ても魔王城(渋谷駅まで徒歩七分)

城屋

裏路地に入った先にあっちゃいけないもの

「で。ここが条件に合う中で一番大きい物件ですね」

「ツッコミどころしかなくて言葉に詰まったのは初めてだ」


 前回までのあらすじ。

 東京のそこそこの企業に就職が内定したオレは、東京の不動産屋に問い合わせて予定を整え、物件の内見に来ていた。


 オレの案内を担当する不動産屋の人は、頭にツノが生えてたり背中にコウモリっぽい羽が生えている以外は物腰がとても柔らかい人で好印象だったのだが。


 というところで前回までのあらすじは終わり。今、オレの目の前には西洋風の、なんかドラキュラでも住んでそうな巨大な城がある。


 さっきまで晴れていたのに空は真っ黒(真っ暗ではない。何故か城の全容は見えるので)。空には赤黒い雲が流れて……というか城の周囲をゆっくり旋回している。


 モロに魔王城そのものだった。


「渋谷の街並みをさっきまで歩いてたよな、オレたち」

「はい。間違いありませんよ。ここは渋谷区渋谷の⬛︎⬛︎丁目の⬛︎⬛︎の⬛︎です」

「明らかに人の口じゃ発音しきれない音が聞こえたッ!」

「異次元空間の住所表示は複雑なんです」

「異次元空間!? 住所!? 異次元空間!?」

「ま、なにはともあれ内見でしょう? さっさと中に入ってください。確実に気にいるはずですので」

「気に入るかァ! いや、そうじゃない! 百万歩譲って気に入ったとして! 予算五万円前後って言ったよなぁ!?」


 ビジュアルの不吉さは目を瞑ったとしても、土地の広さ。高さ。そのすべてが五万で済むとは到底思えない。


 が、担当は『なにを言うかと思えば』とでも言いたげな瞳でため息を吐く。

 何故だろう。急に『擬態をやめた』みたいな慇懃無礼さが出て来た。


「予算内で問題ありませんよ。ちゃんと条件は満たしています」

「……あ。ええと、この見た目で集合住宅とか?」

「いえ、ガチの一軒家ですね。分類的には」

「じゃあやっぱダメじゃねえか!」

「一ヶ月ごとに払う日本円はゼロ円なのに?」

「詐欺臭が一気に増した!」

魔力MPはゴッソリ頂きますが」

「そんなパラメーターが現実の日本人に搭載されてるわけねえだろ!」

「ええ? ちょっと失礼」


 片眉を上げた担当は、ポケットからモノクル状の機械を取り出して——


 いや、割とモロにスカウターそのものの機械を通してオレをまじまじと見つめる。


「……いやあ。やっぱり問題ありませんよ。だって魔力値が余裕で四千リットルくらいはありますもの」

「だからそんなもん現実の人間にあるわけ——リットル!? 魔力って液体なの!?」

「具体的には東京ドームの四分の一くらいの広さを四千回くらい焼き払える魔力値ですね」

「東京ドームを千回焼き払えるって言えよ! 分数初心者か!?」


 東京ドーム何個分という単位自体がわかりにくいし。


「とにかく中に入りましょうよ。絶対に気に入りますって。家具も空調設備も完備ですし、部屋も一つ二つ三つ……あー、たくさんありますし」

「不動産屋がそんなアバウトな説明で済ましていいと思ってんのか?」

「全体的な広さは……何畳? あ、いや何坪……? ええと、LDKってどう換算するんだっけ……? チッ。わけわかんねぇ単位作りやがってよ、人間ゴミどもが」

「不動産屋やめろ!」


 人間と書いてゴミって読みやがったコイツ!


「ええと、たくさんLDK4Tとなります」

「数字苦手か!? 実質上情報量がゼロ……待て。4Tってなんだ?」

ですが?」

「先住者ァッ!」


 当たり前だろ、みたいな顔をするコイツのツノをそろそろ叩き割りたくなってきた。


「オレは一人暮らししたいんだよバカァッ!」

「は……?」

「ん?」


 目を白黒させた担当の、しばらくの沈黙。気まずさを覚える直前くらいに、担当は『ああ』となにかに思い至ったように頷いた。


「ひょっとして部下を人間だと思ってるタイプの痛い人です?」

「逆にお前は部下をなんだと思ってるんだ!?」

道具もの

「痛いのはテメェだよド外道!」

「魔界法的には城に備え付けてある四天王を含む部下は人権を完璧に無視した道具として扱われますので」

「そんなふざけた法があってたまるかァ!」


 ついに魔界とか言っちゃってるし!


「つきあってられるか! さっさと元の渋谷に戻って別の物件を——」


 踵を返そうとしたとき。

 ガチャリ、と音がした。


「ん?」


 見ると、中から魔王城の扉が開いていた。

 出て来たのは、メイド服を着ている金髪碧眼の——


「……」

「あ。言い忘れていましたが。四天王は全員美女で揃えてますよ。あと制服のデザインから縫製まで私なのですが……マジで気に入りませんか?」

「さっきまでアンタの好感度はマイナス百万だった」

「今は?」

「プラス百万」


 ニタァ、と担当は笑みを浮かべる。

 このご時世に、古風な羊皮紙を懐から出し、オレに向かって差し出した。


「騙すつもりはありませんが、騙されたとしても構わないくらいの魅力を提示するのが悪魔ゲフンゲフン不動産屋の仕事です」

「今更ボカす必要あんのか、そこを……」


 印鑑はしっかり持って来ている。オレはその場で契約した。


◆◆◆◆


 で。結局、引越し荷物の搬入もすっかり終わり、冷静になった。確かに四天王の内、三人は美人だったのだが。


「……美人が同じ屋根の下にいるってだけで緊張して疲れるな……」


 法的に道具扱いだからってまさか本当に道具扱いするわけにもいかないし。

 美女に釣られて契約を交わしたオレは、確かに笑えるほど痛いヤツには違いなかった。


 ところで。四天王の内、三人と言ったのには理由がある。四人目はまだ外出だとかで会えてないのだ。

 四天王伝てで『帰って来たら挨拶に向かうと言っていました』と聞いたので、多分すぐ会えるが。


 やたらめったら広い私室の、やたらめったら広いソファで寝転がりながらボンヤリしていると、やや大きめのノックが響いた。


「……どうぞ。鍵は空いてる」

「失礼します」


 

 あまりにも


 入ってくるな、と言う前にドアが開く。そこにいたのは——


「すみません、副業が長引いちゃって」

「……じ……」

「じ?」


 頭を抱えつつ、これだけは言った。


「自分で自分のことを美人だとか道具だとか言ってたのかよ……」


 悪魔は『嘘は言ってないでしょう』と、ニタリと笑った。

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不動産屋に案内された先がどう見ても魔王城(渋谷駅まで徒歩七分) 城屋 @kurosawa

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