お客さんは……

異端者

『お客さんは……』本文

「こちらの物件はいかがでしょうか? 築年数が経ちますので、外壁の劣化が目立ち、内装にもガタが来ています。建ててそのまま古びた様子です」

 私は営業用スマイルを浮かべながら、「お客さん」の様子をうかがう。

 ……うん、悪くなさそうだ。満更でもない表情を浮かべている。

「さ、さ、どうぞ中へ」

 私は鍵を外して玄関を開けると、スリッパを並べた。

 さあ、来い! ……これで上手く釣れなかったら、また戻ってしまうから厄介だ。

 私は客が付いてくるのを確認しながら、奥へとゆっくりと進む。

「ええ、薄暗いでしょう? この家は隣に立ったマンションのせいで、日当たりが悪くて……いつも薄暗いんです。湿気もありますね。ジメジメしてます」

 私は営業とは思えない「利点」を挙げながら反応を見る。

「ここはリビングです。前の家主の老人が亡くなった曰く付きの場所でして……ええ、分かりますか? そうです! 長いこと放置されていたようで、老人の孫が来た時には……これ以上は言わなくても分かるでしょう? まあ、売却する前に少し掃除したようですが」

 何を言っているんだ、私は? だが、私の「セールストーク」は続く。

「はい、そこは和室ですね。この和室も黴臭かびくさくてジメジメしています。古くて狭いと……いかにも昔の家の造りですね」

 客はどうしようかと迷っているようだ。……よし、もう一押し!

「こんな息苦しい空気のこもった物件など他にはなかなかありませんよ! ……どうです? おあつらえ向きの場所だと思いませんか?」

 その言葉に客が満足げにうなずくのが見えた。

 決まった! これで空きが一つできた!

 私はその場で早々に契約を交わすと、客を残したまま引き上げた。


「……ご苦労様。これであの物件がようやく使い物になる」

 報告を聞いた上司が、満足げに言った。

「いえいえ、これも大事な仕事ですからね」

「塩振っとけよ。念入りにな」

「ええ、それはもちろん」

 事故物件の地縛霊じばくれいを不要な物件に移すこと、それが私の仕事だ。

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お客さんは…… 異端者 @itansya

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