すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れを通り抜ける男の話

長田空真

第1話

 すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れが現れてから十数年、幸いにも惑星を壊れず。人も死ぬことは無かった。


 ただし、人類は分断されていた。


 この世界が平面でなく球面である限り、その破壊もまた星の引力と丸みに従う限り。そして彼らが迂回も回頭もせずただ進み続けて壊すだけの存在の限り。ただこの星のを分かつ帯となるのみに留まり、人類も生存を許された。



 いくつかの箇所に発生し、空路以外のすべてを阻む帯。人はこれを牛分帯バッファローベルトと呼んだ。海運産業は壊滅し、一部の地域では陸路の封鎖による大打撃を負った。


 そうした変化があれば必然、それに適応した仕事が生まれる。


 超高速で地球を一周するバッファローの群れは、しかしながら地球を素早く一周するだけであって地球の円周上を埋めるには程遠い数であった。そのため次の一周までには僅かな猶予がある。その時間、一時間に一分。


 1kmに渡る牛分帯を1分で渡って運ぶ者。すなわち、『渡牛士』である。


 陸運が必須な物資を運ぶ長距離輸送から、分断によって孤立したコミュニティへ物資を運ぶ地域密着型まで。タイミングを間違えたり事故を起こせば死、という状況の中で人々に物を運ぶ彼らはこの分断された世界の渡し手として活躍していた。



 又通恒またどおりわたるもまたその一人であった。彼は土砂降りの雨の中、

 物資を運ぶ準備をしていた。


「えーと、今回は……これでOK。じゃあ行ってくるか」



「にーちゃん、今日も『牛越え』に行くの?ひどい雨だよ?」

 村の子供の一人が、彼を心配そうに見つめている。しかし、恒はそれをねだめるように

「ああ。俺の薬や食事を待ってる奴が隣村にがいるからな」

と返す。


「俺、にーちゃんがいなくなるとつまんなくなるからさ。ちゃんと帰ってきてよ」



「ああ、もちろんだ。俺はちゃんと帰ってくる」

それだけ言い残すと、彼は車でどこかへと去っていった。




 彼は周りを森などに囲まれ。数少ない周囲への安定した路を牛分帯で失った村へ物資を運ぶことを生業にしている地域密着型の渡牛士だ。




そして、村と村を結ぶ牛分帯の手前に位置する荒野にて。


恒は、息を深く吸って心を、体を整える。


 無茶な改造に改造を重ね、この村の経済・流通規模で扱えるギリギリの中で積載量とスピード、そして悪路が多い隣村を通れるサイズのすべてを詰め込んだこの車は、操作性も劣悪だ。


 そしてバッファローゆえに均されきれずにある牛分帯の地面。何より今日は土砂降りの雨。たった一分たった1km、しかしそれらすべてがそれを致死へと変貌させる。それに、牛分帯を余裕を持って突っ切るには助走も不可欠だ。そこもまた、失敗のリスクが付きまとうし死ぬことだってある。どこも手を抜けない。だからこそ、心身をしっかりと整える必要がある。




 そして、準備完了とばかりにゆっくりと息を吐ききった彼はエンジンを吹かし次の一分、そのための助走を始める。


 加速とともに揺れ始める車体、異様な重さを帯びていくハンドル。闘牛士が牛を御するように、この暴れ牛をハンドル捌きで導く。



 しばらくすると、すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れが見えてくる。


 日々の訓練でチューニングした脳内時計を頼りに、バッファローの"尻尾"が露わになるタイミングスレスレに牛分帯へ突っ込むよう一気にアクセルを踏み込む。



 ぬかるみ、荒れた地面が、車を絡め転ばそうする。それを必死に抑えなながら、いよいよ帰還不能地点。空白化した牛分帯へと突入していく。



 すすむごとに剥がしく揺れる。あるいは僅かに沈みそうになる車体。それを乗り越えるごとに目に見えて疲弊していく精神と体力。


 わずか1kmの道のりが果てしなく、たった一分が永遠になるほどの極限の致死帯を前に、半分も進むころには、集中の糸が切れかかっていた。



 その中で、走馬灯のように恒は脳裏に父のことを思い出す。


 父は恒のように渡牛士だった。ただし彼のような地域密着の陸の男ではなく、死滅した海運産業に抗うように海越えを成し遂げてみせる。伝説的な海の男だった。


 しかし、父は数年前にバッファローの中に呑まれて消えた。あの日からずっと分断された家族たちの届け物のために無理をした結果トラブルが起きて、届け物ごと。


 だから自分は、親父にようにならないと。陸の小さな村で渡牛士を始めた。



 そうだ、渡牛士をするのにあんな無茶なことまでしなくていい。手が届く距離同士を結べれさえすれば満足だからここにいる。と、彼は思い出す。なら雨の中突っ込んでるのは何故だろう?という疑問もまた浮かぶ。



 その答えは決まっている。


 待つ一日に心を焦がす者たちがいる、健康に欠かせない必要な物資なら体を痛ませながら待っている者たちがいる。たとえ無責任と考えなしと謗られようともそれを無視できない、そんな悪癖しんねんを父から受け継いでるからに他ならない。


 信念の火が、再び恒を突き動かす。


「そっちがすべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れなら、こっちはどんな危険地帯も突っ切りながらすべてを届ける人間だ……!」


 そう吠えながら普段以上のパフォーマンスを出して牛分帯を突き進んでいく。さながら暴れ牛のように。



 しかし、牛の蹄が遠くから響く。破壊そのものが、迫りくる。それでも彼は動じない。もはや、ゴールを目前にしていたからだ。そのまま何も無かったかように彼は牛分帯を通り過ぎていく。


牛分帯を通過した恒に胸中にあったのは、絶望的な状況をなんとかした達成感でも死の恐怖から脱した興奮でもなく。ただ、これで村の人達に物が行き渡るという安堵だった。



そして、今日中は降り続けそうだったあれだけの土砂降りは、なぜか村に着く頃にはすっかり消えて。 地面の向こうには虹と見渡す限りの澄んだ空、荒野を横切るようなバッファローの群れだけがくっきりと見えていた。








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すべてを破壊しながら突き進むバッファローの群れを通り抜ける男の話 長田空真 @tyotakuma

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