48、帰還

「おいおいおい、どうなってんだよこれは……」

『ッ!?』


 戻って来た金多たち一行は目にした光景に愕然とした。

 街が、燃えていた。

 魑魅魍魎のようなモンスターたちが大手を振って闊歩し、家々が黒煙を上げて崩れゆく。


「何が……」

「スタンピード……」

「え?」


 呆然とする金多にリリィが告げていた。


「ダンジョンが、溢れているわ! ダンジョンからモンスターが出て来ないという均衡が破れて、モンスターが出て来てしまったのよ。これは、明らかに別の「魔王」が関与している……っ」

「……ッ」


 今リリィたちが出て来たばかりのダンジョンは溢れてはなかった。何故ならばそこは「色欲」の揺籃であって、「憤怒」の支配下にはなかったのだったから。


「ようやく帰ってきてくれたのね」

「え、支部長!?」


 呆然とする金多たちの横に探索者協会支部長である紅林リンドウが現われた。うねる金髪を後ろ頭で結び、パツパツの赤いスーツを着こなしたボス然とした美女。このような状況でも……いや、むしろスーツが煤けたようにもなって、ますますワイルドな様相を呈していた。が、


「心配したわよ?」

「うぇっ!?」

『!?』


 彼女はおもむろに金多に抱きついて来たではないか。

 パーティメンバーは目を見開いている。


「ふふ、金多くん成分を摂取できたわ」


 ――俺、支部長に何か吸われてた?


 と一瞬心配にはなったものの、


「で? 状況を教えてもらっても良いかな?」


 陽香が声を掛けて来た。


「陽香ちゃん……あら? なんだか雰囲気が……、」


 チラリと金多と見比べて、


「そう言うことね」

「なんでもねぇよ!」

「ふふっ」


 どうやらリンドウには陽香も勝てぬのか。

 だがリンドウは威儀を正すと、


「「憤怒」の魔王が人類を篩いにかけだしたのよ。ダンジョン教を使ってダンジョンから出る手はずを整えて、ダンジョンから地上にモンスターを溢れさせたのよ。そしてモンスターはとうとうこの街にもやって来てしまったの。……このダンジョンが溢れていないのは、もしかしなくてもリリィたんの御陰よね?」

「ええ、当然よ!」


 とリリィはぺったんこな胸を張った。

 修行後も、彼女はロリのままであった。いや、以前よりも成長はしていたが、誰が見てもロリであって、しかし女らしくなってきた体型には多くの豚どもがおぅふ、となってしまうに違いない。

 汎用ロリ型決戦兵器。

 その銘が送られるに相応しい。


 それからリンドウとは情報交換を行った。これまで金多たちが何処でナニを行ってきたものか。


「私も加わりたかったわ」

「ははは、そんな冗談を……むぐぅっ!?」

「ンっ、ちゅるっ、ちゅぱぁ……、どう、これでも冗談だと思う?」

「…………ぃえ」


 どうやらリンドウの箍も外れているようだった。この状況だと後悔は残しておけないと言うことか。


「ちょっ、マジかよ!」

「流石は破廉恥旦那様です」

「流石パパ、熟女も……イイエナンデモアリマセン」


 リンドウに睨まれたリリィはそっと金多の後ろに隠れていた。


「私、まだ熟女というほどの年じゃないわ」


 とだけ大事なことだから言っておいて、


「金多くん、いいえ、パーティメンバー全員にお願いするわ。「憤怒」の魔王討伐クエスト、受けてもらいないかしら?」

「それは――」


 自分には荷が重い。

 以前の金多であれば間違いなくそう言っただろう。

 だが、


「分かりました。お受けします」

「…………あら、随分とまた頼もしい貌をするように……、もうちょっと金多くん成分を補充させてもらっても……」

「破廉恥は私の役目です」


 姫織がそこに割り込んで来た。

 破廉恥さんはご臨終召されたが、むしろ逆にシン・破廉恥さんとして復活を果たされていた。まさしくリバース。

 シン・破廉恥、復活!


「貴女も変わったわねぇ……」


 リンドウはしみじみと呟くのであった。



   ◇◇◇



「グギャッ、ゲギャアッ!」

「ブヒィイイッ」


 ゴブリンが大手を振って、オークが我が物顔で人間の街を闊歩する。


「くそぉ、テメェら、テメェらはダンジョンで大人しくしてやがれよぉ!」


 探検者らしき男性が必死で剣を振るって、ゴブリンは斃せたが次にやって来たオークには手こずっていた。だが、そのオークの向こうから、


「またゴブリン……いやっ、トロールにオーガかよっ!?」


 ずしりと地響きを響かせて、やって来るやって来る。破滅の悪鬼羅刹、「憤怒」の意を受けたモンスターたちが。


「くそぉ……」


 もはやこの場は逃げるしかない。オークなどに手こずっているレベルでは、トロール、そしてAランクモンスターのオーガになど勝てる筈もないのである。だが、


 ――逃げようにもこいつらの方が圧倒的に速いし、ここで食い止めねぇと……くっ、くそぉおッ!


 破れかぶれになった彼はむしろ奴らに立ち向かおうとした。そこに、


「はっ、よく頑張るじゃあねぇか」

「え?」


 明るい髪のショートカットに、獰猛に破顔すればキュートな八重歯が覗く。ガツンとぶつけ合わせる鉄甲には焔が宿って、それは鉄甲だけではなく、彼女の足もブーツのように覆って、頭には焔のサークレットのようなもの付いていたのである。そして背中からもまるで不動明王の如くに焔は燃え上がる。


「朝比奈、陽香……?」

「ああ、Aランク――いや、Aランク越えの朝比奈陽香だよ! オラァ!」


 :オラァたすかる

 :おらぁたすかるだべ


 と、もしも配信されていたのならばコメントに書かれただろう。


 バツンッ!


 陽香が打ち出した拳の一振りで、男性探検者に向かっていたオークはその上半身を食い破られるように弾けさせた。そしてそれはゴブリン、トロールやオーガたち、後ろから迫っていたモンスターたちも一緒くたに撃ち抜いたのである。


 ザァッ……


 モンスターたちは魔石やドロップアイテムを残し、黒い霧となって消えていた。


「すっげぇ……これがAランク探検者……」

「違ぇよ、自分で言うのもなんだが、Aランクじゃオーガは瞬殺できねぇよ」

「Aランク越え……」

「ああそうさ、んじゃあオレは行くぜ。まずはここのモンスター、一掃させてもらうからなぁ!」


 そう言うと陽香の背中の焔は吹き上がって、ブーツも燃え上がり、彼女は街の中を縦横無尽に駆け回りはじめるのであった。――モンスターを弾け飛ばせながら。



   ◇◇◇



 ひゅぅん、と冷気を含んだ風が吹き抜けた。

 一瞬でモンスターたちの氷像が出来上がり、砕け散るとそこにはもう魔石やドロップアイテムしか残ってはいないのだ。


 袴姿の美少女、氷川姫織は風のように駆けてモンスターたちを屠っていった。姫カットの腰まで届く黒髪に、眼鏡をかけた彼女の姿は以前と相違ない。が、以前よりも濃縮され研ぎ澄まされた冷気がそこにはあった。


 ――良いですね、私の剣技が冴えに冴え渡っています。とても破廉恥です。


 自分が破廉恥であることを悦んでいる? そもそも何故それが破廉恥に?

 ふぃーる、どんとすぃんく。

 シン・破廉恥さんだから。


 彼女は魔力を練って、それを身体能力、身体技巧へと廻していたのである。それによって伸び悩んでいた剣技もめきめきと上達し――とは言え、やはり氷川流裏伝の足さばき、体捌き、剣技であったのだが――、むしろ氷を展開するような派手な技よりもこうして剣技一本に見える、技を振るうようになっていた。


「さあ、どんどんと行きましょう」


 それは、彼女はまるで枷から放たれたかのように。

 冷気を孕んだ一抹の風と成って。


 ひゅぅん、ひゅぅうん、


「ここは終了、次ですね」


 袴姿の彼女は駆けていた。



   ◇◇◇



「ハァアッ!」


 スパンッ、スパァンッ!


 スパンキングではない。念のため。

 白銀の剣――桃色の光を宿した剣を金多が振るえば次々とモンスターたちの首が刎ねられていった。冴えない、とまでは言えなくなった風貌の青年だ。


 相手はDランクモンスターではない、Cランク、否、BランクやAランクも。ダンジョンの最下層での修行はリリィと〝力〟を重ね合わせ、彼女の〝力〟を更に引き出し、十全に扱えるようになるというものだった。それによって金多は、更に強くなった陽香や姫織とも遜色のない力を得るに至ったのである。


 ただし彼が持っているのは『身体強化』であったため、彼女たちに比べるとあまりにも地味なものではあったのだが。

 泥臭さに定評のあった彼にすれば順当な帰結点ではあったろう。


 バッタバッタと敵を切り裂く彼の剣は洗練され、次々とモンスターを屠ってゆくのである。

 だが、二ヶ月程度でここまでの力量にまで上がれるのだろうか?


 ――あの場所の時空は歪んでいたのである。


 ダンジョン最下層の濃密な魔力の籠もった空間では、外とは時間の流れが異なっていた。そしてあのダンジョンの「種子」であるリリィが強くなることを望んだのであったなら、それは強くなるまで負荷を、試練を与えて鍛え続けたのである。


「モンスターたち、来るなら来い! 俺が全部切り捨ててやるからよぉ!」


 :これが娘からお小遣いをもらってはっちゃけるパパの図です

 :娘の魔力で振るう剣はさぞかし気持ちが良いだろうよぉ!

 :いやいや、ちゃんと使えるようになるまで鍛えたパパの努力があってこそやから……


 と、何故か内情を知っている幻のコメント欄である。

 そして――、



   ◇◇◇



「この先は通さないわ。モンスターのお代わりなんていらないんだから!」


 リリィが――今だけは大人の姿となった「色欲」の魔王リリィが飛んでいた。

 彼女はそのしなやかな指を伸ばすと、黒洞の瞳を妖しく輝かせる。長くなった黒髪に、サキュバス然とした翼に尻尾。だが、今までのロリとも少女とも違って、まさしく女王の貫禄を持った美女である。衣装はキワドイサキュバスの衣装であって、垢BANはされないだろうが、公園などでの撮影会は厳禁であるに違いない。


 街へと向かって数多のモンスターが駆けてくる。種々雑多、魑魅魍魎悪鬼羅刹。きっと百鬼夜行とはこういうものをいったのだろう。

 それにしてはラインナップは随分と西洋よりではあるのだが。

 彼女はその迫り来るモンスターを捕捉すると、


「『支配ドミネイション』。〝圧搾グラスプ〟!」


 バサァアアッ!


 街へと新たに迫り来るモンスターたちは一斉に黒い煙と成って消えてしまった。街で暴れるモンスターは人間組が。そして新たにやって来ようとしていたモンスターたちはリリィが。


「またつまらぬものを潰してしまったわ……」


 潰した経験のあるつまらなくないものとは?

 彼女は格好をつけてそう言うと  その姿はとてもとても様になっていた――、


「……まだ来るのね。良いわ、どれだけ来ても。そのすべてをあたしは潰してあげるから」


 彼女は傲然とした様子で言い捨てると、再び視認したモンスターを一気に潰してゆくのである。

 そうして、


 この街は、金多パーティによって救われたのであった。

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