40、Cランク昇格

 探索者協会支部の支部長室。

 冴えない探検者であった筈の赤鐘金多は、見違えるようになって支部長の紅林リンドウとソファーで対面していた。

 うねる金髪を後ろ頭で結んで、今にも弾けそうな胸と尻を紅いスーツで押え込んだボス然とした美女。長いおみ足は艶めかしいタイツで包まれて脚を組みながら彼女は金多に微笑んでいるのである。


「金多くん、Cランク昇格おめでとう。これが新しい探検者カードよ」

「ありがとうございます」


 金多が受け取る時にするりと手を撫でられた。その手つきがまるで一部分を撫でてきているかのようで、ちょっと前屈みになっちゃうCランク探検者なのだ。


「ふふっ、やっぱり金多くんは可愛いわね」

「あ、あはは……」

「見違えるようにはなったけれど、いつも通りで安心したわ」


 ――俺はむしろいつも通りで安心できねぇんだけどなぁ? ってか一探検者が昇格でもいちいち支部長から更新カードをもらって良いんだろうか……? まあ、専属配信探索者だけど……。


 最近の陽香のブートキャンプから始まった一連の探索活動によって、金多は見違えるほどに強くなって、Cランク昇格を認められていた。底辺配信探索者であった自分がまさかここまで行くとは、と、いつになっても思ってしまう金多である。


 Fランクは見習いで、Eランクはひとまずの一人前。Dランクはそれなりの探索者で、Cランクと言えばすでにひとかどの探索者なのだ。もっとも、一流と呼ばれるのはBランクからで、Aランクは超一流。Sランクは探索者中の人外として規定されている。


 ――いったい俺はどこまで上れるんだろう……、いや、リリィと一緒にならどこまでだって!


 と金多が意気を高めていれば、リンドウはチロリと紅い唇を舐めていたのである。


 ――やはり私の目に狂いはなかったわ。そもそもそうでなければダンジョンの「種子」に選ばれることはないのだけれど、この短期間で、しかも良い関係性、良い影響を与え合うなんてそうそうないことよ。それにこの子、とても可愛らしいし。……ふふっ。


 ぶるっ


 ――なんだ? なんか悪寒を感じたような……。


「どうかしたのかしら?」

「いっ、いいえ、なんでもありません、あはは」

「そう……ふふ」


 ――どうしてだろう、悪寒が消えてくれないのは。


「それで、金多くんはこれから中層制覇に乗り出すのよね?」

「はい、陽香からもそろそろ良いだろうと」

「そう、仲良くヤってくれているようで何よりね」


 ――今ニュアンスが違って聞こえたのは俺の気のせいだよな? ウン。


「おめでとう」


 パチパチと支部長は手を叩きはじめた。


「何が!?」

「コングラッチュレイションの方が良かったかしら?」

「いやぁ、ははは……」

「私も混じることは出来るのかしら?」

「ンぐぇ!?」

「どうしたのかしら? まるでコカトリスが首を絞められたような声が出たわ」

「はは、あはは……」


 と、金多はもはや笑うしかないのである。


 ――どれだけ強くなったらこの人に勝てるのだろうか。ってか勝てる気なんてまったくしねぇんだが?


 もはや金多が苦笑いをするでしかなければ、


「ああ、そうだ、金多くんには伝えておかなくてはならないことがあったのよ。ダンジョン教って知っているかしら?」

「ダンジョン教って言うと……、確かダンジョンを神聖視して崇めている宗教でしたっけ?」

「ええそうよ。ダンジョンは神が人間に使わした資源、祝福であり試練である。人よ、ダンジョンを攻略しよう。求めよ、されば与えられん。――ま、そこまでならば良いのだけれど、神がダンジョンを遣わしたのは人間が地球の資源を貪っているから。ダンジョン以外の資源を使うのは悪である。と一部過激な行動に出ることもある宗教ね」

「うわぁ……」としか言えぬ。が、「ですがそれがどうかしたのですか?」


「彼らは有力な探索者を勧誘するのよ。それに探索者協会としては困っていてね。向こうは何故か高ランクの装備を持っていてそれを使って勧誘してきたり、それでも断られれば過激な行動に出たりと――、金多くんはリリィたんって言うサキュバスのテイマーという珍しい存在よ。今までは向こうも様子見だったろうけど、この短期間でCランクにまで駆け登った探索者となれば、これからコンタクトを取ってきてもおかしくないのよ」

「マジですか……」

「ええ、マジよ」


 とリンドウはいつもの様子で言ってきた。


 ――マジかよ、ダンジョンでもいっぱいいっぱいなのに変な宗教で人が絡んでくるとか、面倒臭すぎるだろ……。


「まあ、金多くんが嫌な顔をするのも分かるわ。私だって嫌だもの。だけど探索者協会としては注意喚起と、向こうが手を出してからしか対応が出来ないのよ。ただ口で勧誘していたのに攻撃された、と言われたらこっちが悪いことにされてしまうから」

「うわぁ……。それでも、何かあった際は対応してくれるんですよね?」

「ええ、それはもちろん、それに必ずしもやって来るとは限らないから、今は注意喚起と言ったところね。でも、警戒しておくことには越したことがないわ」


「………………」呼吸を止めて一秒、リンドウが真剣な目をしたから思わず金多も黙り込んでしまう。「……分かりました、注意します」

「ええ、よろしくね」


 リンドウが微笑めば、金多もこっくりと頷き返しておくのである。



   ◇◇◇



 ――ダンジョン教、

 それはダンジョンという存在が現われてからの新興宗教であった。


 神は星の資源を食い潰す人間に、これ以上の蛮行を重ねさせぬために持続利用が可能な資源としてダンジョンを遣わした。ただしそれもただではない。ダンジョンの資源はモンスター蔓延るダンジョンを探索しなくては手に入れられぬ。

 だからこそ彼らはますますダンジョンを神からの贈り物だと考えたのである。

 神は人の行いを嘆かれ、しかし人を見捨てず、試練と共に祝福を与えられた。人はその試練を越えずして祝福を受けることなかれ、と。


 彼らはダンジョンを攻略することを推奨するようになって、ダンジョン以外の資源を使用することを忌避するようになってきた。むろんすべての資源をダンジョンから得ることはまだまだ難しい。だからこそ彼らはダンジョンの攻略をより速い速度で押し進めることを欲し、信者を、中でも探索者の信者を増やすことを望んだのである。

 ただ――、


 それを言い出したのは誰だったのか。

 ダンジョンこそが神聖で人類はそこにあるものしか使用してはいけないと言うのは、些か「傲慢」とも言える物言いではなかったか。……


 この世界はダンジョンが顕れてから久しい。

 ダンジョンに潜る者は一部の人間には限られてはいたものの、配信されることも増えて人々はダンジョンを身近に感じるようにもなってきているのである。

 その脅威を、ダンジョンを進むことで強くなってゆく〝人〟を見ることで、人々がダンジョンを不思議な、しかし恩寵、恩恵にも似た力も資源も授けてくれるものだと、漠然としながらでも思っていたことは想像に難くない。


 たとえそれが無意識であろうとも。

 そしてそれは〝信仰〟に他ならぬ。

 そして彼は生まれたのであったが――、


 ――もはや彼はいなかった。


 いったいどこを彷徨っているのやら。

 だから、ダンジョン教徒たちは彼を求め、或いはその代わりに――、


 ――嗚呼神よ、魔王様よ……、今御許へ。……

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