16、探索者協会からの呼び出し

 その日金多は探検者協会支部を訪れていた。

 何故かと言えば支部長から呼び出されていたからだ。


 ――なんだろうな、心配だなぁ……。


 金多が向かう支部の支部長と言えばアレである。

 リリィのテイムモンスター申請を行う際に、


『ふぅん、それで? 大体何回以上なのかしら? ……へぇ、金多くんって多いのね? 流石はサキュバスのテイマーになるだけあるのかしら? 素敵じゃない。……ペロ』


 ――やっぱりリリィを連れて来た方が良かったかなぁ……?


 今、リリィは金多の家でお留守番中であった。――クールプリンセスと一緒に。


『女同士の話があるから、ね?』

『は、はい……』


 いったいナニを話していると言うものか。

 女二人っきりでナニも起こらない筈がなく――。

 たいへん気にはなったが、


「えっと……、約束していた赤鐘金多です」

「はい、リリィたんのパパ――赤鐘様ですね。お待ちしておりました」


 ――なぁ、今余計なこと入らなかった? まさかとは思うけどそれ、俺の二つ名とかじゃあねぇよなぁ!?


 金多が頬をヒクつかせる前で、受付嬢は受話器を取って連絡をとる。

 探索者協会とは言えここは異世界ファンタジーではなく現代ファンタジーの世界である。小綺麗な市役所のような建物であって、一階ではドロップアイテムの買い取りなどを行っている。総合受付に訊ねるまで、


『なぁ、あれって……』

『リリィたんのパパ!』

『あれ? 今日はリリィたんはいないのか?』

『配信はやく再開されねぇかなぁ……』

『私、リリィたんのママになりたい!』

『クールプリンセスはどうなったのか!』


 周りがざわついて落ち着かなかったが、ひとまず声を掛けられることなく辿り着けてホッとしたのである。

 そうして彼女を待っていれば、


「はい、では支部長室へとお進みください」

「はい、分かりました」



   ◇◇◇



「久しぶりね、金多くん。と言ってもまだ一週間くらいかしら?」

「そうですね」

「寂しかったわ」

「んぇっ!?」

「ふふっ、冗談だと思う?」

「あ、あはは……」


 ――やっべぇ、女性経験皆無な俺にはやっぱり支部長とのやり取りは身に余るぞ?


 ロリサキュバスのリリィと、Mっつりちゃんこと姫織は女関係に入れられていない。そりゃああの二人は女性と言うよりは特殊枠だったから。


 支部長は相変わらず妖艶なイイ女だった。

 向かい合わせのソファーでタイツに包まれた艶めかしい脚を組み、紅いタイトスカートの奧が見えてしまいそう。赤いスーツをパツパツと今にも弾けてしまうのではないかと想わせる胸元に、うねる金髪を後ろ頭で無造作に結び、それが確かに探索者たちの長に相応しいワイルドさを醸し出す。肉厚の唇には紅いルージュが引かれ、意思の強さを思わせる黒い瞳には思わず気圧されそうになる。


 紅林リンドウ。

 妙齢の、まさしくボスと言えるべき女性であった。


「ふふっ、そんなに興味があるのかしら? あんな小さい子とシちゃってるクセに」

「いっ、いやっ、ダイナマイトな美女はまた別腹と言いますか……って何言ってんだよこの口はぁ!?」金多は思わず自分の頬をはたく。パァンッ! ――痛い。

「ふふっ、光栄ね🖤」

「あっ、あはは……」

「じゃあ、試してみる? 娘さんにはナ・イ・ショで🖤」

「はっ、ははははは……ゴクリ」

「ふふっ🖤」


 間違いなく揶揄われているのだろう。が、それでもむしろご褒美だと感じてしまうほどに男と言う生き物はどうしようもない。今だったら姫織の主張も馬鹿には出来まい。

 破廉恥は、イケマセン。


「えっと……それで、今日のご用件と言うのは……」

「あら、私とのおしゃべりは嫌? もっと付き合ってくれないの?」

「んぐぅっ」


 ぐっと腕で胸を強調するようにして前屈みにされれば、金多の方こそ前屈みにされちゃう。


「ふふっ、おっぱい、好きなのね? 良いの? あの子のおっぱいは小さいでしょう? クールプリンセスちゃんのだって」

「あっ、あははははっ……」


 ――ぐぅうッ、もう童貞じゃないけど俺に支部長クラスの相手は無理だッ! リリィについて来てもらえば良かったなぁ……。


 ここにいない娘に助けを求めちゃうパパである。

 が、リンドウはソファーの背もたれに背を預けて膝の上で指を組んだ。


「で、今もまた、アカウント停止中なのよね」

「ンぐぅっ」

「ふふっ、私も愉しみにしているのに残念ね」


 今字が違わなかった? それ、純粋に楽しみにしていたの? と気が付いてはならないのだ。


「いや、まあ、俺も不本意と言いますか……、どうしていつも垢BANなんてされるんだよぉ……」

「あらあら、じゃあ私の胸で泣く? 貸してあげるわよ、おっ・ぱ・い🖤」

「…………………………ゴ遠慮イタシマス」

「凄い悩んだわね。私もまだまだ女として捨てたものではないのかしら?」

「いやっ、すごい魅力的だと思います!」

「あら? もしかして私、口説かれてるのかしら? 良いわよ、金多くんなら……ふふっ🖤」


 妖艶な流し目をされれば唾を飲み込むでしかない。


 ――やっぱり俺には荷が重いよなぁ……。


 そう思う金多に、


「じゃあ、そうやって簡単に垢BANされないような方法があるって言われたらどうするかしら?」

「えっ、そんな方法が!?」

「ええ、もちろん。……ふふ」


 妖艶に嗤う彼女はまさしく妖しい。だが、支部長のような女性から持ちかけられる話にはもちろん興味があるのである。


「金多くん、あなた、探索者協会の専属配信者になりなさい?」

「えぇっ!? ……で、でも、それがどうして解決策に……」

「ふふ、そうね。確かに専属配信者になったところでAI判定から逃れられるワケではないわ。だ・け・ど、」


 リンドウはクスリと、淡く口角を歪めた。


「探索者協会は曲がりなりにも国の機関なのよ? それが後ろ盾となってチャンネルを保証する。リリィちゃんのことはうちの支部公認のマスコットキャラクターとでもしましょうか。それで配信会社に、AI判定ではなく手動で判定して貰えるように交渉するの。確かにずっとあの素敵な格好を曝しておくのは余計な声を上げさせることになりそうだから堂々とはダメだけれど、今までのように事故でその姿が出た程度で即垢BANされるようなことにはならなくなるわ。モチロン、態と映したりそれ以上のナニかをするとアウトだけれど」

「おぉ!」


「ふふっ、それ以上のこと、する? 私と」

「おぉおっ!?」


「冗談は置いておいて――あ、もしも金多くんが望むなら冗談でなくてもイイけれど?」

「おぉお……!?」


「ふふっ、金多くん、面白いことになってるわよ?」


 見たまえ、金多がbotのようだ!


「それで、どうするのかしら? 探索者協会の専属配信者にならない?」

「それは――」


 それはメリットしかないように思える。

 だが、その他の条件は?


「えっと……、もっと詳しい話を訊かせて貰えますか?」

「はい悦んで」


 ――ン? なんか今変じゃなかったか?


 とは思いつつ、金多はリンドウから様々な条件を聞き取って、用意周到に準備されていた契約書の内容も確認して、


 ――え? 良いのか、こんな条件で……? 俺にメリットばかりじゃないのか?


 しかし何度確認してみても妙な点は見当たらない、ように思えた。強いて言うならば、金多にメリットが多いところであろうか。


「……えっと、じゃあ、よろしくお願いします」

「ふふっ、これからも良い関係でいたいわ。もしも金多くんが望むならそれ以上も――」

「あ、あは、あはははははは……」


 金多は、探索者協会の専属配信者となったのであった。



   ◇◇◇



 ――ふふ、金多くんが受け入れてくれて良かったわ。


 探索者協会支部長紅林リンドウは妖艶に頬を緩める。質の良い調度品が設えられた支部長室で、彼女は咲き誇る大輪の華。世界でも類のないサキュバスのテイム、そして喋るモンスターと言うことでリリィの登録から彼女は金多たちに立ち会ってきた。それは道理であって、尚且つリンドウは余計な外部圧力からも彼らを守ってきたのである。尤も、それは金多も知らないうちにリリィも行っていたりはするのだが……。


 ――ふふふ、あの子はようやく芽吹いてくれた種子だもの。良い土壌があって丁度良い肥料があれば、順調に育つように手を回してあげるのは当然のこと。あの子がどういった風に成長するのかは怖くもあるけれど楽しみでもある。金多くんのような人がテイマーになってくれて良かった。稚拙な言葉になってしまうけれど、これが運命、と言うことなのかしらね。


 金多の為人、来歴は調べさせてもらった。

 両親はすでに亡く、十五歳になって探索者となり、ひとまず食べていけるほどには稼げられた。だがその日々はギリギリと言うものであって、そうした日常から配信者活動も行って稼ぎを増やそうとした。それは誰かに認められたいという思いもあったろう。だが配信者としては鳴かず飛ばずであって、そうして彼はモンスターの卵を発見してそこからリリィが生まれた。


 きっと彼女が彼女であったのは、金多の願いでもあったろう。

 強くて、女の子で、テイム対象。

 確かに人気配信の要素を踏まえていた。


 挫折していた彼はリリィに出逢って、彼女に引っ張られて今強さも人気も得ようとしている。

 元が善良な人間だったのだろう、だからこそリリィがああで、――まあ、あんな関係ではあるのだけれど――良い関係を築けているよう。


 それがそのまま続いてくれることをリンドウは願うのだ。

 何せ――、


「もしもリリィたん――乃至ないしは金多くんが歪むようなことがあれば、ダンジョンが、そして世界がどうなってしまうのか分からない。二人とも、いい子でいてちょうだいね。ふふっ、そのためだったら二人いっぺんにオギャらせてあげても良いけれど――その時はいっぱいサービスしてあげるわ。ふふふっ♪」


 オギャらせた方が歪まない?

 それは見解の分かれるところであったろうが、リンドウは二人のことを想って、頬を緩めるのだった。

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