第9話 ギメルなる町へ

 「この干し肉をおくれ。金ならここにあるよ」

 「はいよ。それにしても、アンタ旅人か何かか?」

 「そうさね。息子を連れて世界を回ってるのさ」


 にえさんに連れられたのはギメルと言う町だった。

 何でもギメルと言うのは昔あった国の名前なんだそう。


 私が生まれる前は国は一つではなく、争いを繰り返していたらしい。

 結果として、母や父が戦争を終わらせて国を統一。


 色んな土地の文化が一つに染め上げられる中、必死に敗戦国の文化を残そうとしたのがこの街であるとにえさんから簡単な説明を受けた。


 「こんな町まで来るとはアンタも物好きだ。何でも王都の方じゃ後継者争いだなんだって騒がしいみたいだな」

 「本当だよ。困ったもんだねぇ」


 私達は幻覚で本来の姿を隠している。

 にえさんなんかさっきから女の人に完全に成り切ってるし。


 喉に住ませているスライムを使ったのか、声まで加工して。

 傍から会話を聞いたらどれがにえさんの台詞が分からないよ。


 「この街を隅々まで味わっていけ。きっと良い旅のスパイスになるはずだ」


 店員さんに見送られながら町を歩く。

 そう言えば、こうやって町中を歩くのは久しぶりだ。


 今まで命を狙われてたんだし、当然と言えば当然なんだけど。

 

 もし、この幻覚も見破られたら……私達はまたー


 「不安か?」


 にえさんが私の顔を伺いながらそうつぶやいた。

 その声はさっきまでの加工した声じゃなくて、今まで聞いていたにえさんの声だ。


 「大丈夫さ。そう簡単にお前を死なせやしない」

 「にえさん」

 「俺の目的の為にも、リムスは必要だからな」


 にえさんはそう言って私の体を抱き寄せた。

 どんな時でもお前を守ってやると言わんばかりに。


 「ありがとうございます。少し落ち着きました」

 「そうか。なら良かったよ」


 二人で町の中を歩く。

 しばらくすると、にえさんは町の大通りから小さな路地に入った。

 その視線の先になったのは、伸びたツタで覆われている扉が特徴的な店だった。


 「ここが目的の場所だ」


 にえさんはノックもせずにその扉を開ける。

 私もそれに続くように怪しげな店の中へ足を踏みいれた。


 「一つ、店に入ったらまず扉を閉めな」


 私達を迎え入れたのはドスの効いたそんな声。

 目と鼻の先にあるカウンターからは、45際程に見える女性が私達を見つめていた。


 「この中の声が外に漏れない様にしっかりとな」


 その威圧感たるや、王都の兵士と変わらない。

 いや、それ以上の重圧を感じるものだった。


 私はとたんに怖くなって、にえさんの裾をキュッと握っていた。

 対するにえさんはいつもと変わらず様子でドアを閉める。


 カウンターの女性はそれを確認すると、ギラリと目を光らせながら次の台詞を口にした。


 「二つ、この店で物を買いたいなら目障りな幻覚なんて脱ぎな」

 「え?」

 「素性も明かさない人間と商売なんてごめんだ……そうだろう?贄の王」


 あの人、今贄の王って。

 幻覚を見破っただけじゃなくて、にえさんの事を知っているの?


 「やれやれ。あんた相手だと上手く騙せないね」


 「どれだけ強くなっても、記憶を無くしても、かつてお前が私の部下だったことに変わりはない」


 「それで普通見破れるものなのかね」


 「癖が治ってないからな。もう一度、指導でもしてやろうか?」

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