織田清麻呂の幸福

おめがじょん

織田清麻呂の幸福



 国立大学法人東京魔術大学血継魔術科四年、織田清麻呂には彼女が居る。

 幼馴染で家が隣同士、窓をあければお互いの部屋に行き来できるような近さだ。

 ギャルゲーの幼馴染のような陳腐な設定だが、現実の出来事である。また彼には三人の姉が居て、母子家庭と兎に角女に四六時中囲まれている生き物であった。


「ねぇ、マロちゃん。どっちかが就職決まったら同棲するって話してたよね? あたし、就職決まったから内見に行こうよ」


 ショックだった。男として先に就職を決めてバシーンと内見に行こうぜって誘う目論見だったがのが完全に崩れてしまった。しゅんとした顔の清麻呂を見て彼女──南条京香は可愛いとほくそ笑む。めちゃくちゃカッコ悪いところばかりなのに、子供の頃からずっと自分の前ではカッコつける清麻呂の事が彼女は心から大好きであった。

 そんなこんなで190近い案山子のような男が150センチ程の小柄な女の子に朝から引きずられるようにして、都内の物件を見回っていた。


「不動産屋さんは来ないのか……?」


「マロちゃん。今はセルフ内見が主流なんだよ。不動産屋さんに事前に周りたい物件連絡しておくと鍵の番号とか教えてくれるからそれで各自で見ていくんだよ」


「すまない……。二人の事なのに全部任せきりにしてしまって……」


「仕方ないよ。東魔大の大学祭って凄く忙しいんでしょ? 最後だから二人で周りたかったんだけどあたしも用事あったしね」

  

 二人が交際を始めたのは半年ぐらい前だったので京香は清麻呂の学生生活をあまり見ていない。日本の魔術を扱うトップの大学なので、どうしても魔術を使えない一般人の京香には記憶してしまう所があるし、清麻呂本人が「社会の害しかいないので君を紹介したくない」と突っぱねられているので何も知らないのだ。それが少し寂しい。「全裸のバカ」と「美鈴君」はよく会話に上がってくるのも気になる所だ。


「あたしも一応、マロちゃんの趣味とか性格も考えて物件選んだから! ママが心配だろうから実家からも遠くない所にしてるし!」


「実家まで徒歩30分圏内がいいからな……」


 清麻呂はマザコンシスコンがデフォなので実家からあまり離れたがらない。

 普通の彼女なら引くだろうが、彼を幼い頃から見て来たのでも知っている。それがあるからあまりそこは気にならない。

 だが、「ママァ! 俺の目玉焼きは半熟やめてって言ったじゃん」みたいな発言はどうにか愛の力で乗り越えている所があった。そのまま不動産屋から借りたキーで施錠を解除し、マンションの一室に入る。2LDKの部屋だ。二人とも良いとこ育ちなので貯金はたっぷりとある。社会人一年目未満とはいえこれぐらいの部屋に住めるマネーパワーを持っている。


「良いね、ここ。日当たりもいいし」


「うん。実家からも近い。母さんの通ってるフィットネスクラブもよく見える」


 ぼすんと清麻呂の腹に拳を撃ち込み「やり直し」と脅す。

 痛みに悶絶しながらも清麻呂は彼女の要求通りの言葉を言い直した。


「素晴らしい。ロフトがある。うん。テンション上がるな。俺はあの部分に住みたい」


「ちょっとアレだけど許す」


 ぽんと清麻呂の肩を叩いて京香が笑った。清麻呂もそれにつられて笑った。

 幸せなひと時である。これからもこんな日々が続けば良い。その為にも、京香は清麻呂に聞いておきたい事がった。


「マロちゃん。やっぱり、お父さんと同じ仕事──警察官になりたいの?」


 "ある事件"がきっかけで清麻呂の父は殉職してしまった。

 その現場で唯一生き残ったのが清麻呂である。血継魔術の才が見つかったのもその頃だ。そしてまだその事件は未解決のままである。清麻呂はそのまま窓の外の遠くの景色を見ながら言葉を絞り出した。


「あの事件の事をちゃんと調べたいんだ。その為にはキャリアになる必要がある。俺の血継魔術の事や、もずっと気になっている。でも、それがとても危険な事だって事は十分わかっている」


 そこで一度言葉を切り、京香の頭をぽんと撫でた。

 清麻呂にしては高等テクだ。童貞を拗らせすぎて京香に触れる事さえ珍しいのに。


「あれからずっと強くなる為だけに修練を重ねて来た。俺はこの才能を使って全部守るよ。ママも、姉さん達も君も──。絶対に守るから。だから、一緒に生きてほしい」


 普段カッコ悪いし好き嫌い多いし、マザコンシスコンだがその目は真剣だった。

 その為の努力をしてきた事を京香はずっと見て来た。その重圧で病んでる所も見て来た。京香もとっくに覚悟は決まっている。彼と生きたい。そう決めたから告白したのだ。京香はぎゅっと清麻呂の手を握り身を寄せた。


「うん。一緒に生きよ。あたしもその覚悟決めたから」


 二人で見つめ合う。京香はこれはチャンスだとほくそ笑む。

 相手は拗らせた童貞だ。半年付き合ってキスの一つもない。最近やっと手を握ってくれたぐらいの童貞である。よししょうがない。カッコ良かったし自分から行ってやるかと京香が決意した時だった。


「すまない。──ママに1軒目についたって連絡し忘れていた」


 スッと京香から離れスマホを取り出して電話をかける彼氏。

 しょうもねぇ、と一瞬萎えたがこれが自分が好きになった男である。

 カッコよかったと思いきやカッコ悪く、カッコ悪いと思いきやカッコいいのが織田清麻呂だ。好きになった自分の負け、と納得させて京香は大きなため息をついた。








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