第3章 もどる

1話 元カレ

 ある日、玉ねぎを切っていると、右手がつかまれ、玉ねぎを押さえている左手の指を包丁が切り付けてきた。指をすぐに離したので怪我には至らなかったけど、誰かが見たら、自分の指を切り付けているようにしか見えなかったと思う。


 そんな気は全くない。右手が誰かに握られ、勝手に動いたんだから。しかも、右手を握っているものが見えない。これは、人間の仕業じゃない。なんとかしないと。


 電車とか、どこかで拾ってきてしまったのかもしれない。周りを見渡すと、私は凍りついた。男性の霊がいる。この人は知っている。


 これまで気づかなかったけど、鏡を見ると、私の背中にピッタリ付いていた。背が高くて、痩せている人で、かっこいい感じ。背広をきていて、胸に黄色いポケットチーフをしている。


 その男性は、少し前に付き合っていた人だった。この人は死んでいたの? 別れてから会っていなかったけど、死んでたなんて知らなかった。


 体は水でビチョビチョだから、水死したんだと思う。水に濡れているんだけど、よく見ると、赤い水で、少しねっとりしている液体のように見えた。


 右腕の手首にカミソリで切ったような跡があり、血が吹き出している。お風呂で自殺したのかしら。


 でも、私のせいじゃない。私を責めるのはおかしいでしょう。もう別れているんだから。


 この男性とは、4ヶ月ぐらい前、出会い系サイトで知り合った。中堅のIT会社に勤めてるエンジニアで、イケメンだったので、会って見ることにした。


「初めまして。写真より、可愛い方ですね。」

「よろしくお願いします。褒めすぎですって。」

「いや、出会い系サイトって、今回初めてだったんで心配していたんですけど、こんな可愛い方と出会えるなんて感激だな。」


 それから、お台場のあたりを3時間ぐらい一緒にぶらぶらして、築地のお寿司屋さんで一緒の時間を過ごした。


 写真通りイケメンで、会話も爽やかだったし、なによりも、私への接し方がとてもスマートだったので、この人だと思ったわ。会ってすぐにピーンときたから、お寿司屋の帰りに、すぐに手を握って、付き合い始めた。


 でも、1ヶ月ぐらい経つと、私のSNSとか、常にチェックしているみたいで、ここに誰と行ったんだとか、この日は、誘ったけど都合が悪いって言ったじゃないかとか言い始めたの。


 SNSに投稿したカフェの写真を見て、横の椅子に男物のカバンが置いてあるって怒鳴り込んできたこともあった。そういえば、仕事のお得意様とカフェで打ち合わせしていたことはあったけど、その写真かもしれない。

 

 異性と話すと、その人に気があると思うのは偏見なのよ。あなただって、女性の同僚や、お客様、委託先の人と話すことだってあるでしょう。


 そんなに、彼とだけずっと一緒にはいられないわよね。女友達と一緒に飲みにいくこともあるし、大学の時のサークルの友人と一緒に飲みにいくこともある。もちろん、そんな中に男性だっていることもある。


 そのうち、LINEで彼から1日20回ぐらいメッセージがくるようになり、1分以内に返事しないと、浮気しているのだろうとか責められるようになった。ひどくない。そんなに私のこと信用できないんだったら、別れてよ。


 そこで、もう耐えられなくなって、彼に別れ話しをしたの。私達は付き合っているけど、それぞれの生活もあるんだから、これ以上、拘束されるのは耐えられないって。


 そうしたら、やっぱり男がいたんだな、浮気だ。慰謝料払えとか言ってくる。私には、今、好きな人なんていないと言い続けるしかなかった。本当だし。


 最後には、彼は涙を流しながら、好きなんだから仕方がない、別れたくないってもめちゃった。


 結婚しているわけじゃないんだから、私が別れると言えば、それで終わりなのよと言ったり、あなたには飽き飽きしたのよとも言った。


 でも、全く理解してもらえなかったので、彼とは距離を置こうとしたわ。それでも、毎日のように、LINEで電話やメッセージが頻繁にきて、スマホ自体が他の人と利用できないぐらいになっちゃったから、彼との連絡は全てブロックすることにしたの。


 彼に、私の家を伝えなくてよかったと、その時は思ったわ。彼からみると、私に連絡する全ての手段がなくなっちゃったので、それ以来、全く連絡はなくなって、別れることができた。ホッとしたわ。 


 そんなことを思い出している時、私にガラスのコップがすごい勢いで飛んできた。私には当たらなかったけど、ガラスの破片が床に飛び散った。そしてお皿も飛んできて、ガラスや陶器の破片で、逃げる時に足に目をやると、裏から血が滲んでいた。


「私は、あなたと別れたでしょう。もう、付き纏わないで。」

「俺は、何も悪いことしていないし、お前はまだ俺の彼女だ。」

「あなた、もう死んでること気づいていないの。」

「俺は、生きている。だから、お前は俺と話しているんだろう。コップを投げたのも、お前、見てたじゃないか。」

「私は、霊を見れるし、霊と話せるの。」

「そんなこと、あり得ない。また、俺に嘘をついて、ブロックしようとしているんだな。他に男ができたんだろう。」

「他に男はいないけど、あなたとは別れたのよ。」


 私は、いきなり、両手を開かされた状態でテーブルの上に押しつけられた。怒りに満ちた風が部屋を突き抜け、部屋は嵐のようになった。風は強く、窓のガラスは粉々になり、道路の方に飛び散っていく。


 このままだと殺される。手が抑えられているので、いつものように、手で彼に触れて、消すことができない。


 私は、思いっきり、テーブルの脚を蹴った。何度も蹴っていると、1つの脚が折れたのか、テーブルは傾き、私の体が斜めになったときに手が使える瞬間ができたの。


 私は、あの呪文が書かれた手で彼の腕を握り、眩しい光を放出した。しばらくすると、部屋の中を吹き荒れていた風や、部屋にあったものが飛び回る現象は治まっていった。


「お前が悪いんだ。俺は何も悪くない。」

「気づかずに人を傷つけていることもあるのよ。ゆっくり、お休みなさい。」


 それから、しばらく、私は平穏の日々を過ごすことができた。

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