パレイドリアがはしごを見たら

水白 建人

第1話

 新手のバンクシーかと見まがった。

 雨風をしのげるであろう1DKをいくつか内見させてもらったが、ほかの物件のことなど覚えていない。はしごのせいだ。


 古い賃貸住宅の部屋だった。

 寝室ひがしダイニングにしにそれぞれ大きめの窓がある。

 張り替えがすんでいるとおぼしき壁紙はきれいな白さで、フローリングは飴色。

 キッチンが少し狭いものの、ちょっとした料理ならできるだろう。においはしない。トイレは汚かった。

 ダイニングから見上げたところには屋根裏部屋がある。

 そして、そこにかかっていたのがくだんのはしごだった。

 内見を許すくらいだ。客の目につく場所はおおむねこぎれいにされていてしかるべきである。

 ――ならば、存在感をありあり示すこのはしごの彫刻はなんだ?

 縦木の右側下部に見られるおびただしい彫りだけが、どうしてこの室内空間が取り戻そうとしている新しさから突き放されているのだろうか?

「はしごは床に固定されてるので安全ですよ。どうぞ登ってみてください」

 仲介管理会社のスタッフでありながら、あなたはこれを見て見ぬふりしようというのか。なるほど確かにがっちりしている。

 そんなことはどうだってよい。

 いったいこれが誰の作品しわざか興味を引かれてしまった。聞かせてほしい。

 しかしながら、なんと言い表せばよいのやら。

 よくよく見ると、長い髪を手ですく女性のようだ。

 まじまじ見ると、すいせいが我関せずと天の川を横切っているかのようだ。

 しげしげ見ると、かのひよどりごえさかとしを描いた浮世絵のようだ。

 いかんせん悩ましく、ついには問うより独り占めしてやりたい気持ちがまさり、

「それではこちらにサインを……あっ、喫煙してたりします? 天井が汚れるから遠慮してほしいとオーナーが申してまして。ほかにもペットは――」

 勢いその場で賃貸契約を結んでしまった。

 奇妙な彫刻、はしごのアート。

 誰も見向きしておらず、値札だってつけていない。

 今後しばらくは我が物だ。


 さて、後日談。

 休みの朝にゴミ出しを終えて戻ろうとしていたところ、ドアの前に小さな客人が待っていた。

 件のはしごに彫られた作品なぞが氷解した瞬間だった。

「にゃーお」

 新手のニャンクシーだとは思うまい。

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パレイドリアがはしごを見たら 水白 建人 @misirowo

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